短編

□流れ星
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学校から帰ってきて、スマホを眺めていると、ぴこんとLINEが入ってくる。
(金村さんからだ)
クラスの風紀委員であり、真面目な金村美玖さん。私は本が好きで図書館に入り浸っていたが、彼女も彼女で勉強をしによく図書館を使っていたので、何度か会ううちに仲良くなった。
とはいえ、相手が真面目なだけに、なかなか‘さん付け’が取れていないのも事実だった。
彼女からのLINEを開く。
『今夜の流れ星、見に行きませんか?』
流れ星。流れ星かぁ。今朝のニュースで確かやってたなぁ、秋のなんとか流星群。星や天体は好きだし、プラネタリウムも好きだ。しかしそんなロマンチックなお誘いが、真面目な彼女から来るのは意外だった。
『学校の屋上で見るの?』
半分冗談でありきたりなシチュエーションを送る。
『流石にそれは...』
『学校近くの公園あるでしょ、そこなら方角的に見えそうだからそこで見たいです』
『わかった、なんじ?』
『22時がピークらしいから...』
『じゃあ21時に金村さんの家に迎えに行くから』
『え、いいよ、公園待ち合わせに』
『いいから、夜道に女の子1人で歩かせたくないってことで』
そのまま返信を待たずにLINEの画面を閉じる。
まだ何か送ってきているようだが、既読がつかなければきっと諦めてくれるだろう。
それにしても、何故私を誘ったのか。金村さんは友達が特別多い訳でも無かったが、少ない訳でも無かった。しかも、学校の外で2人きりになるなんて初めてかもしれない。まさかね、いや─まさかなんてない。どうやらロマンチックな彼女に私も感化されたらしい。何となくの疑問が心を曇らせたが、深く考えないように夜まで時間を過ごすことにした。



ピンポーン
21時を少し過ぎて金村さんの家のベルを鳴らす。金村さんの家はかなり立派だ。真面目な彼女はきっと厳格な家庭で育ったのだろう、と想像するのは容易かった。
がちゃりと扉の開く音がする。
「ほんとに来た...」
「約束なので」
厳格な親の方が出てきたらどうしようかと思ったが、出てきてくれたのは金村さんだった。制服に薄手のマフラーをしている。確かに少し寒い、どうせ大したこと無いだろうと制服だけで来た自分を少し恨む。
「じゃ、いこっか」
「うん」
金村さんは心なしか嬉しそうだ。きっとロマンチストではなく、単純に星が好きなんだろう。
「金村さんはさ、」
「あの、そのさん付けやめませんか?」
「え〜、じゃあ金村さんもさん付けと敬語やめたらね」
「む......な、菜緒」
なに?、と平然を装う。が正直驚いた。度胸は人並み以上にあるらしい。
「で、何言おうとしたの?」
「ん、あぁいや美玖...は家厳しそうなのに、こんな夜に出かけて大丈夫なのかな〜って。」
「あ〜、お父さんは今単身赴任中で、お母さんは仕事で海外出張なんだ」
「はぇ〜、エリート家族だ」
「そ、そんなんじゃないよ」
どこかの噂で聞いた、金村さんのお父さんとお母さんって一流企業の重役らしいよ、という噂が現実味を帯びた。そのときはなんとも思わなかったが、こうやって聞くと大変そうだなぁと、少し他人事に思う。きっと今日は奇跡的に家を抜け出したのだろう。
「それこそ菜緒の方こそ大丈夫だった?いきなり誘っちゃってごめんね」
「えぇ?いや、うちの親は全然そんなの気にしないからへーきへーき」
夕食のあと、今日の夜出掛けるねと言うと、母は気をつけてね、と一言だけ、父と兄は彼氏か!?と騒ぎ立てたが、いや友達だからと言うと安心したように、風邪ひくなよとか気をつけろよ、とかそんな感じであった。反対されても行くつもりであったがここまであっさりだと反抗する気も失せるものだ。
なんやかんやと話していると、公園に着いた。やばい人とか居たらどうしようかと思ったが、それは杞憂で公園は静寂に包まれ猫すらいないようだった。学校近くとはいえ、ハズレにあるその公園の暗さは星を見るのには十分すぎた。
「どっちの方角?」
「えっと、あっちの月の方だから...」
月を見上げる。今日は満月に程近かった。真上ではなく、少し傾いていた。
「じゃあ、ブランコのとこに座って見よう」
「うん」
ブランコに腰掛ける。こうやって座るのはなかなか久々な気がする。きーこきーこと、椅子を揺らせば童心の純粋な心のままになんでも言える気がした。
「そう言えばさ」
「ん?」
「どうして美玖は私を誘ったの?」
純粋な、疑問だった。意味は無い。静かすぎるその空気を言葉で埋めたかっただけだ。
「どうして、か...」
何故そこでどもるのか。意味なんて、無い。そんなものは要らない。暇そうだったから、とかそんなもので良い。のに、
「前に星とかが好きって言ってたし、そこで私が食いついたら天体の本までおすすめしてくれたの、思い出して、」
どうやら星が好きなのは私の方らしい。
「それに、」
と言って彼女はブランコから立ち上がり、私から少し離れた所に背を向けて立つ。すぐには言葉を続けようとしない。
少しして息を呑む音が聞こえた気がした。
「それに、あとは単純に、私が菜緒と2人で星を見て過ごしたかったから」
と言いながら振り返り、へへと、少し切なそうに月夜に照らされた彼女は儚げに笑って見せた。私達の間を冬を待てない風が通り抜ける。
その姿に、光景にふと、月下美人、という言葉が過ぎった。
はて、なんの言葉であったか。この光景をそのまま表しているが、もっと別な意味が───、あぁ、そうだ。と、この前見た植物図鑑を思い出す。
月下美人。1晩しか咲かない花。たった1回夜に咲き、そこで寿命を終えてしまう、美人薄命の元にもなったという、白い花。日が昇れば、その美しさが嘘のように色も香りも失われてしまう花だった。
だから、これを逃したらもう、もう無いと思った。この一瞬を見逃したら、取り返しがつかなくなる気がして、焦燥のままに立ち上がり、彼女の元へ駆け寄り、消えないように、確かめるように、手を、握った。
「──え?」
「────」
彼女も困惑していたが、私もどうすればいいかわからなかった。静寂と緊張感に耐えきれず、流れ星の方角を見つめるが、天体ショーは始まってくれそうになかった。きっと静寂を切り裂く役目は私なのだろう。動かない頭で言葉を紡ごうとする。
「─────月が、綺麗ですね」
月は真上を目指していて、私の目線の先に月は無い。ブランコを降りて童心を忘れた私には、月の下のあなたが美しかったからです。とそのまま言うことは出来なかったが、概ね同じようなことを言えたのでよかった。
ロマンチストなのは彼女ではなく私だったのだ。
初めに声を掛けたのも、LINEを交換したのも、委員会で遅くなる彼女を図書館に入り浸ってるからさと言い毎回のように家まで送ったのも、今日迎えに言ったのも、そもそも今日の誘いを当たり前のように快諾したのも、全ての要因は私にあったのだ。
「あ、」
空気を読み損ねた流れ星が1つ闇を切り裂きながら落ちていく。待ち望んだ流れ星だったが、月下美人の彼女が網膜に焼き付いてしまった私には、ちっぽけなものにしか思えなかった。
「願うまでもなく叶っちゃった」
くすっと隣で彼女は笑う。どうやら彼女はあんなちっぽけなものに願いを掛けるつもりらしかった。だが、それは叶ったらしい。彼女は私が月が綺麗だという話をして欲しかったようだ。
「あ、」
またひとつ、ふたつと、流れ星が落ちてくる。ピークを迎えたらしい。彼女は隣ですごい、と目を輝かせている。
「ねぇ、」
「?」
「菜緒はどんな願い掛けるの」
「───私は、」
再び夜空を見上げる。私は少し目を細めながら、彼女との繋ぎ目が分からない程熱くなってしまったお互いの手をこのままにしておきたいと、ちっぽけな星たちに願いを託した。
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