短編

□意味を教えて
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バレンタイン当日の学校はいつにも増して騒がしい。朝からずっと、休み時間ごとに今日に他クラスの子や先輩や後輩がひっきりなし来ているし、このクラスから手作りのお菓子を抱えて出ていく子もたくさんいる。昼休みともなればまるでお祭りのようにみんなわいわいと、渡しあったり食べたりと賑わっている。愛を伝える日と言うよりは、女の子が輝く日だろう。昨夜に必死になって作ったのか、疲れが見える子もいる。
「美玖」
「あぁ、菜緒」
そういう私もこの輪の中の1人だ。肩を叩かれて振り返ると、憧れの人がいた。憧れ、と言ってもその人のようになりたいというのでは無く、そう、ストレートに言えば、私は菜緒が好き、なのだ。
「はいこれ」
と、かわいい小さな箱を渡される。菜緒とはよく一緒に帰るのでその時にでも渡そうかと思ったが、どうやらわざわざ来てくれたらしい。
「ありがと、じゃあ私も」
と言って、昨夜作ったクッキーを渡す。
クッキーには『友達でいよう』という意味があるらしい───と以前、愛萌が教えてくれた。彼女はお菓子作り得意な上に文学少女であるから、そういうことにも詳しいらしい。
「菜緒のはなんのお菓子?」
「あー、ちょっと時間無くてさ、生キャラメルなんだけど」
スライド式の箱を開くと、そこにはキャラメルが、ノーマルのものとココアパウダーを入れたものだろうか、白黒のタイルのようになって並んでいた。みんなと比べて簡単すぎかな、と少し申し訳なさそうにしているが、私はそうは思わなかった。だが以前愛萌が、菜緒もお菓子作り好きなんだよね〜と言っていたことを思い出す。愛萌は私と菜緒の共通の友人であったから、愛萌伝いに菜緒の話を聞くことも多かった。きっと2人でお菓子作りでもしたのだろう。愛萌をずるい、とまでは思わなかったが、もう少しお菓子作りを特訓するべきかと思うことはあった。
「そう言えばさ、」
「?」
「今日も帰り一緒に帰るでしょ、その時にちょっとうちに寄ってよ、渡したいのあるから」
「───わ、かった」
当たり前のように一緒に帰ると言ってくれたこと、うちに寄ってよと言ってくれたこと、そしてこの日に、渡したいものがあると言ってくれたこと、その全ての情報量に頭が追いつけず、上手く返事が出来なかった。一体何があるのだろう。
しかし、私も菜緒に渡したいものがあった。
みんなに渡すものとは別に、菜緒だけに作った、マカロンが鞄の中で今か今かと出番を待っていた。マカロンの意味は、『あなたは特別な人』。だが、愛萌に、見ててじれったいよ、とまで言われる程に私には勇気が無く、今日も渡せそうになかった。ちょうど良い、もし、菜緒から何か渡されたらこれをお返しにしよう。まぁ、もし、なんて想像するだけ無駄かもしれない。なんせキャラメルの意味は、『一緒にいると安心できる』、友人に送るものなのだから。



「おじゃまします」
「どうぞどうぞ、今持ってくるから」
だいぶ主語が抜けているが、菜緒は2階の自分の部屋に私を案内した後、1階のキッチンへ慌ただしく降りていった。
「────」
菜緒の部屋入るのはこれが初めてではなかったが、バレンタインに来るのには何か意味がある気がして少し息を呑む。ベッドを背もたれにして部屋の中央の丸テーブルの前に座り、隣に鞄を置いた。落ち着かなくそわそわとしていると、しばらくして菜緒がトレイを持って部屋に入ってきた。トレイの上には、2人分の飲み物と、お皿に乗ったカップケーキと、小さめの缶にぎっしりと詰まった飴、だった。菜緒はそれをテーブルの上に置き、私と同じようにベッドを背もたれにして隣に座った。
「はいどーぞ」
と菜緒は私の前にカップケーキとフォークを置く。
「これは?」
「ほんとは、みんなにカップケーキ作ろうとしたんだけど、何個かしか上手くいかなくて、でもせっかくだし美玖に食べて貰いたいな〜って」
「なる、ほど、ありがと」
そこに深い意味なんて無い。どうせだから、友人に食べてもらおうという考えなだけだろう。きっと菜緒はカップケーキに『あなたは特別な人』というマカロンと同じ意味があることを知らないはずだ。そう思うのは自惚れすぎだ。しかし、このタイミングを逃したらもう次は無いような気がして、私も鞄から出番を待ちかねていた箱を取り出す。
「はい、これ」
「これは?」
私と同じ台詞を菜緒は少し驚いて言う。
「あの、マカロン、なんだけど、ちょっと自信なくて、さっきは渡せなかったんだけど」
「ほうほう」
また少し驚いて菜緒は箱をまじまじと見つめる。
「今食べてもいい?」
「うん、」
「じゃあ一緒に食べよう」
とカップケーキを指差す。彼女はマカロンの箱を開けて、めちゃ綺麗じゃん!と言う。そんなこと、と思うが、褒められたことは素直に嬉しい。しかし目の前で食べられるのは少し緊張する。彼女食べようとするところを見守ると、食べる直前で何かを思い出したように、あぁそうだ、と言う。
ことんと、トレイの上で置き去りにされていた飴の詰まった缶を2人の間に置く。
「?」
「なんかさ、昨日お兄ちゃんがゲーセンに行って、クレーンゲームしたら取りすぎたらしくてさ〜貰ったんだけどどうせ菜緒だけじゃ食べれないから、ついでに」
なるほど。飴が持つ意味は知らなかったし、ついでと言うくらいなのだから特に意味は無いのだろう。そして再びお互いの手元に目線を戻す。
「いただきます」
「いただきます」
菜緒のカップケーキを頬張る。む、かなりおいしい。パサつかずしっとりしてるし、チョコのカップケーキだけど甘すぎず、食べやすい。お菓子作りが好きなのは本当だろう。1回や2回の練習じゃ、ここまで上手くは出来ないはずだ。
「菜緒のカップケーキ、すっごいおいしい、みんなに食べさせられなかったのが残念なくらい」
「ほんと?よかった〜、美玖のマカロンもおいしい〜、菜緒、甘いのそんなに得意じゃないからこれくらいがちょうどいい」
よかった。多少のお世辞はあるかもしれないが、少なくとも口には合ったようだ。2人とももくもくと食べ進めて、食べ終えると、少しの静寂が流れた。元々私と菜緒は、そんなにたくさん喋る訳では無い。何となくお互い一緒にいるのが心地よい。落ち着く。まさに菜緒が学校でくれたキャラメルの意味そのままのような関係だった。
だが、今日は雰囲気が違った。バレンタインがそうさせているのか、妙な緊張感があった。いつもはそんなに気にならない菜緒との距離感も、今日はいつ肩が触れてしまうかと、気が気でならなかった。
何となくその静寂に耐えきれず、飴の入った缶に手を伸ばす。赤い包装のものを、手に取りぺりっとめくって、中身を口に放り込む。
「う......」
赤い色だったからいちごかと思ったが、明らかに味が違かった。
「美玖?」
「この飴、トマト、味だ...」
この青臭さ、間違いない。
「そんな飴あるんだ...」
「うぅ......」
「そっか、トマト嫌いだっけ」
出すー?と、菜緒がティッシュを手に取ろうとするのでお願いする。が、手に取る直前で何かを思いついたようにこちらをじっと見てきた。
どうしたの、と問いかけようとした瞬間、いきなり菜緒が私に近づいてきた。
あっという間に菜緒の顔が私の目の前に迫る。
あまりに突然の出来事に、処理落ちしてしまった頭では、やっぱり菜緒って端正な、綺麗な顔してるなぁ、などと呑気に思うことしか出来なかった。
が、次の瞬間、菜緒の体温が私の口に触れる。
いや、それだけではない。菜緒の舌は私の口をこじ開けて、飴玉を掬いとって、離れていった。
「ほんとだ、おいしくないね、これ」
少し離れたところで菜緒の声が響く。
頭が真っ白になるとは、比喩表現では無い。理解、できない。何も、わからない。
しかし、人の頭はよく出来ていて、何度もさっきの光景がフラッシュバックし、理解せざるを得ない。
「な────」
声が出たのは数十秒経った後。理解してしまったことで、顔はみるみるうちに熱くなり、心臓は馬鹿みたいに暴れ回った。どういうつもりなのか。もしかしてからかわれているのかな、と菜緒の方を見ると、私と反対の方を向いていたので表情はわからなかった。ただ、髪から覗く耳は見たことがない程に真っ赤だった。
「───っ」
菜緒も私と同じ状況にある。そのことが、余計に心臓の制御を失わせていく。何かを言うべきだと思ったが、体は言うことを聞かず、私は心臓が壊れないようにじっとしていることしかできない。
しばらくして、飴を舐め終わったのか、落ち着いたのか、菜緒の方から口を開いた。
「───お菓子、プレゼントするときってそれに意味があるって、知ってる?」
あぁ、と。その時点でわかってしまった。何故気が付かなかったのか。愛萌が私と菜緒の共通の友人なのだ。私が愛萌に教えて貰ったように、菜緒に意味を教えていたとしたら───。そんなことは容易く想像できることだ。
少し改まったように、菜緒がこちらに向き直るので、私も同じようにし、向かい合う形となる。
再び、菜緒は口を開く。
「クッキーは、『友達でいよう』、キャラメルは『一緒にいると安心できる』、」
知っている。
「そして、マカロンとカップケーキは『あなたは特別な人』、」
知っている。知っていたんだ、菜緒も。私たちはお互いに、お互いのことをお見通しだった訳だ。
「そして、飴玉は、」
知らない。あの飴には意味があったのか。
そのタイミングで、向かい合ったまま菜緒は私に近づいて頭を傾け、こつんと私のおでこに寄りかかる。
「そして、飴玉は『あなたのことが好き。長く一緒に居たい』、なんだけど、知ってた?」
「───飴玉、以外は、」
へへと、照れくさそうに笑う彼女は、あまりにも眩しい。
「じゃあ、ずっとばればれだった?」
「もしかしたら、っては、思ってた」
「そっか」
でも、言えてよかったぁ、と菜緒は私を抱き締めた。
「うれしい、ずっと美玖のこと、すきだったから」
「うん、」
「......美玖にも」
「うん?」
「美玖からもすきっていってほしい」
「─────」
少し甘えたような菜緒の声は耳を溶かし、脳の奥まで溶かしてしまうようだった。
菜緒は私の言葉を待っている。心臓の音が、私を慌てさせる。
「───私も、菜緒の、ことが、すき、」
言葉にしてしまえば、簡単なようにも感じた。が、その言葉が通った肺も喉も何もかもがその甘さにやられて胸焼けのようで、私はしばらく甘いものはいらないな、と感じた。
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