短編

□猫っぽい君
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「...!.......く!、ねぇ、みく!」
「...んん?」
寝ぼけている体を揺さぶられる。
恐らく揺さぶっているのは菜緒だが、どうしたのだろう。今日は2人ともオフだからゆっくりしよう、という訳なはずだが。
「ねぇ、美玖...、どうしよう...」
「...ん〜?」
いきなり起こされたので脳が覚醒しきってない。目もぼやけているので擦りながら体を起こす、と。
「...へ?」
目の前には確かに菜緒が居た。
しかし、その頭には黒い猫の耳が付いており、尾てい骨のあたりからこれまた黒い猫の尻尾の様なものが生えている。
菜緒はすっかり困った顔で耳や尻尾をぐりぐりと動かして───
「いやないない」
きっとこれは夢だ。ああそうに違いない。この前のひなあいでLoveさんが変なこと言うから、私の夢もおかしくなったに違いない。そう思いながら再び横たわり目を瞑ろうとする。
「ま、待って、美玖、ほんとなんだって、夢じゃないから!」
菜緒に肩をがっしり掴まれ揺さぶられる。
目覚めにぐわんぐわんと揺さぶられて、死にそうになる。
「わ、わかったから、起きるから」
「うぅ...どうしよう」
もう一度、しっかりと菜緒を見ると、間違い無く耳と尻尾が生えている。カチューシャとかそういうレベルでは無く、ほんとに生えている。しかも、菜緒の動きに合わせて動いている。
「なにこれ...」
「ど、どうしよう、明日は普通にお仕事なのに...病院に行くべきかな...」
「でも、菜緒、その耳生えたまま病院まで行ける?」
「あ、無理、恥ずかしくて死ぬ」
「だよねぇ...」
状況は全く整理出来なかったが、困り果ててる菜緒がなんかかわいいので頭を撫でてみる。
「あっ、ちょっと美玖」
「へへ〜なんかおっきな猫飼ってるみたいでかわいい〜」
ついでに喉のあたりも撫でてみる。
「ちょっと美玖っ!ふざけてる場合じゃないからっ」
その言葉とは裏腹に、ほんとの猫ならごろごろと聞こえそうな程に、菜緒は幸せそうである。どうやら、耳や尻尾が生えただけでなく、感覚的にも猫になってしまったらしい。
「あ、そうだ」
「何?」
「菜緒、口開けてみて」
「?」
そのまま菜緒は口を開く。
「おぉ〜」
すごい、ちゃんと犬歯の部分が尖っている。
上手く出来てるなぁと、謎に感心する。
そしてうっかり好奇心のままに、犬歯を触ろうと口に指を入れようとすると、
「いてっ」
かぷり、と菜緒に噛まれてしまった。
「ごめん美玖...いきなりでびっくりしちゃって......」
「あぁいやこっちこそびっくりさせてごめんね?」
そりゃそうだ、普通に猫でなくとも口の中に指なんて入れるもんじゃない。びっくりするに決まってる。
それでも加減してくれたのか、指先に少し血が滲む程度だった。まぁこんくらいならほっといても良いかな〜なんて思っていると、菜緒は私の手首を掴んできた。
そしてそのまま傷口の部分を舐め始めた。
「っ......」
少し痛い。どうやら舌もざらざらしているようだ。だが、大丈夫?と菜緒が心配そうに見つめながらぺろぺろと舐めてくれるので、多少の痛みは我慢しよう。
というか、なんて言うか、この光景は、ちょっと。
「なんか...扇情的......」
「な」
私の発言と共に菜緒の顔は一気に赤くなり、さらに私のみぞおちへ猫パンチをかましてきた。
「っぐぁ...痛い、痛いよ菜緒...」
「美玖のばかっ」
シャーッと威嚇の声が聞こえそうだ。
だって、なんかほんとにまずかったのだ、私の理性が。猫耳が好きとか、考えたことも無かったが、さっきのはほんとにやばかった。痛かったが、猫パンチで理性を取り戻せてよかった。
「うぅん、そうだな、菜緒は外に出れないし、私がなんか買ってこよう。何買ってきて欲しい?ちゃおちゅーる?」
「美玖、ふざけてるなら怒るよ?」
「うそ、うそです〜」
もう、と少し拗ねた彼女を置いて、私は理性が危うい頭を冷やすためにも買い物へ出かけることにした。



「ただいまっと」
買い物から帰宅し、リビングへの扉を開ける。
「あ、おかえり美玖」
「む」
菜緒はリビングの日が差し込む窓辺でごろんと横になっていた。ほんとに猫みたいだ。というか確実に朝より猫化が進んでいる気がする。
「なにかってきたの?」
「ん〜?」
ちらりと袋に目をやると、なんだか菜緒に怒られそうなものばかり買ってきてしまった気がする。
でも好奇心には勝てない。どうせ今日はオフで、しばらく菜緒は猫から戻りそうにないのだから、楽しんでしまおう、そうしよう。と自分に言い聞かせる。
袋を持ったまま、窓辺で横になっている菜緒に近づく。そして、
「な〜〜おっ!」
と、袋から猫じゃらしを取り出す。
「あのねぇ...」
あ、明らかに菜緒怒ってるな。
と思いつつも菜緒の目の前でまずは小刻みに揺らしてみる。
「猫耳生えてても、猫じゃないし、」
今度はいきなり遠くへ、ひゅんっと動かす。
目で追ってる、追ってる。絶対これやりたいぞ。目の奥がうずうずしている。
「ていうか、そもそもこんなことしてる場合じゃ、」
今度は地面にジグザグと動かす。
あ、今手が少し動いた。
「明日も仕事あるのに、」
再び目の前で小刻みに動かす。
もう今にも飛びかかってきそうだ。
そしてまたひゅんっと遠くへ───
「もうっ」
動かそうとしたところで猫じゃらしは彼女の手に捉えられる。
「あ」
菜緒はやってしまったという顔だ。
だが私は反応してくれた嬉しさからか、これまでに何くらい顔が綻んでいたと思う。
「もういいから遊ぼう、菜緒」
「く...こうなったら───」



「はぁ、ぁはぁ...菜緒、ガチすぎ......」
「っは...ぁは...美玖の方こそ」
菜緒の意地と私の負けず嫌いのせいでお互いの限界がくるまて遊んでしまった。2人とも息を切らしながら床に寝転ぶ。
もうしばらく猫じゃらしは見たくない。
ふと、あとは何買ってきたっけ?と袋の中を見る。と、ごろりと枝のような物が出てくる。
なんだっけ、えぇと、あぁ、そうだ、またたびだ。菜緒は感覚も猫っぽいけど、またたびは効くのかな?
「菜緒〜?」
「ん?」
「ほい」
とまたたびの原木を渡す。
「なにこれ?」
「えっと、」
と言ったところで、
ピンポーン
「ありゃ」
そっか、確か服を通販で頼んでたんだっけ。
「ちょっと待っててね菜緒」
「う、うん」
と言って、またたびをまじまじと見つめる菜緒を置いて玄関へ向かう。




「菜緒〜?」
荷物を置いてリビングへ戻る。
「?」
おかしい。返事がない。
嫌な予感がして窓辺へ向かうと───、
「───」
そこに居たのは、完全な猫だ。
菜緒はまたたびを咥え、幸せそうに体をうねらせている。
「あ〜みくだぁ」
なんて言いながらキャッキャしてるが、明らかにやばい。なんか目が虚ろだし、テンションがおかしい。反射的にまたたびを取り上げる。
「あ、」
と少し残念そうな顔をするが、すぐさままたにっこにこの顔に戻る。
「やっちゃったか...」
どうやら菜緒にはまたたびもてきめんらしい。
「えへへ〜みくだ〜みく〜」
だっこ〜、と言いながら手を伸ばしてくる。
まずい、なんか急に犯罪の匂いがしてきた、大丈夫か私?
とにかく菜緒を落ち着かせないとと思い、抱えて寝室へ連れていくことにする。
しかし、菜緒のテンションは一向に落ち着きそうもない。見ていて恥ずかしくなるくらいに、表情が蕩けている。
「みく〜」
ベッドに座りながらまたこちらに手を伸ばしてくるので、とりあえずハグする。
「みく〜あたまなでて?」
「っ......う、ん」
やばい。さっきの比じゃないくらいに理性がやばいが、何とか冷静であるふりをして頭を撫でてみる。
「ん〜きもちい〜へへ、みく、すき、だいすき」
「っ!?」
なんなんだこのかわいい生き物は!?
破壊力がすごすぎる。耳元で甘えた声で、ん〜と気持ちよさそうにするのはずるすぎる。小坂さん、私いよいよ理性がまずいんですが。
と、ふと頭にあることが過ぎる。
以前に、猫は尻尾の付け根を撫でると喜ぶと聞いたことがあった。
これ以上の破壊力に、私の理性は耐えられなさそうになかったが、今日の私は好奇心には勝てないらしかった。
ゆっくり、なるべくびっくりしないように、優しく尻尾の付け根を撫でる。
「っ〜〜!?ん、ぁ、っみくぅ...?」
「っ、な、お?」
想像以上に甘い菜緒の声が耳元で響いて、痺れてどうにかなりそうだった。
そのまま続けて、撫でたり、とんとんと軽く叩いたりしてみる。菜緒は、甘い、なんだか我慢したような声を漏らしている。
「っ...み、みくぅ......」
「な、お?、どう?きもちい?」
「う、ん...きもちい、けど、なんかへんなの......おなかがふわふわしてぞくぞくしてへんなの......でもきもちい、からもっと、して...?」
「っ......」
もうダメだ、と思う。今のはずるい。無理だ、こんなかわいい生き物の前に理性なんて存在することが出来ない。もう我慢の限界だ。
そのまま、どさっと菜緒を押し倒して、覆い被さる。
「...?みく?」
「ごめん、ごめんね、もう、我慢できないから。
ちょっと今日は優しくできないかも、だけど、ゆるして、ね?」



翌日、すっかり猫の跡が消えてしまった菜緒に、「腰痛いんだけど」って拗ねられて、機嫌をとるのが大変だったのはまた別の話。
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