短編

□痛いのはすきですか?
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ピンポーン
チャイムの音がする。
時間は午前10時過ぎ。
春休み中の今、こんなときになんの連絡も無く訪ねてくるのは宅配便かあの子しかいない。
「はーい」
玄関を開ける。
「やっほ、菜緒」
「美玖、」
「へへ、来ちゃった」
「もう、連絡ぐらいしてよ」
「ごめんって」
まぁ別に良いんだけどさ。
「あれ、今日もご両親はいないの?」
「あぁ〜普通に仕事だよ」
「えぇ、大変だねぇ、こんなご時世なのに」
今は世の中でウイルスが流行っていて、私たちは3月の頭からまるっと1ヶ月の春休みを貰ってしまった。
とは言え、状況が状況なだけに外で遊ぶわけにもいかないし友達と集まるのも気が引ける。
私はインドアだからそこまで苦ではないが、アウトドア気味の美玖には堪えるのだろう、ちょこちょこうちに遊びに来ていた。
2階の私の部屋へ美玖を案内する。
「安心して?」
「え?」
「私、家族と菜緒以外には会ってないから」
「え、と」
「別に他の子と遊びに行ったりしてないよ、菜緒にしか会ってない」
「だからってウイルスもってないことにはならないやろ?
それに美玖がカラオケ好きなのはわかるけど、こんな時に行くべきじゃないってのは当たり前やし、」
「あ、いやそういうことじゃなくて、」
「?」
「こんなときでも会いたいのは菜緒だけってこと」
なんて言いながら隣に並んで手を絡めてくる。た。
「もう、」
軽く手を握り返す。
「不安そうな顔するからてっきりそういうこと心配してるのかと思ったのに」
まぁ、1ミリも考えてなかったわけじゃない。
もしかしたら丹生ちゃんや陽菜とはあそんでるのかなー、とか、ちょっとは思ったけど。
いや、わかってる、わかってるよ。
丹生ちゃんや陽菜とは友達で、私とは、その、そういう関係で。
でも明確な目に見える線引きは無いし、それに美玖は誰とでも距離が近いから、少し、ね。
「でもどうせ丹生ちゃんとはゲームしてるやろ?」
「う、」
「ほらぁ」
「ご、ごめんって」
「許さへん」
手を振りほどいて2、3歩進んで少し距離をとる。
でもやっぱり悔しいから、振り返って
「でも、今からちゃんと構ってくれたら許す」
って少しだけ甘えてみる。
そしたら、
「なにそれ、かわいい」
なんてとびきりふやけた顔で言うもんだから、恥ずかしくなって部屋までダッシュする。
「ちょっと逃げないでよー菜緒、」
「美玖のばかっ」
お互いに笑って追いかけっこのようになりながら部屋に入る。

「お邪魔しまーす」
「どうぞどうぞ」
散々走っといて今更お邪魔も何も無いだろう、という言葉は飲み込んでおく。
美玖は鞄から何やらビニール袋を取り出して、ベッドの上に座る。
「それって、ドラッグストアの袋じゃん」
「そうそう朝イチでいってきたんだ」
「......」
美玖は頭は良いけど、たまによく分からないことをする。いろんなものが不足だーって言われてみんなが駆け込むドラッグストアになんでわざわざ行ったんだろう。
美玖は袋からパッケージに入った小さい箱のようなものを何個か取り出す。
「これ、は?」
「へへ、ピアッサー買っちゃった」
「え、」
前言撤回。美玖はバカかもしれない。
なんでこのタイミングで。
だってピアッサーってピアスを開けるやつだ。
美玖はテストの成績も授業態度も良く、部活だってこなしている、いわゆる優秀な生徒だ。
そりゃうちの学校は他を見れば開けてる人はいるけど、美玖みたいな先生の目に止まる人が開けたらすぐに見つかって生活指導行きだ。
「なんで、」
「えぇ?だって春休みって1ヶ月じゃん?
まだ始まったばっかだしさぁ。やるだけやってみるってのもいいかなー、って思ってさ〜。」
「耳に穴開けるんだよ?痛いと思うけど...」
「わかってるって〜たぶん大丈夫」
なにが大丈夫なのか。
「先生に見つかったら怒られるよ?」
「まぁそんときはそんときでなんとかするよ」
美玖はたまに無計画に突っ走ることがあるけど、まさかこんなふうになるとは。
美玖はパッケージを開けてピアッサーを取り出し、私に渡そうとする。
「ってことでさ」
「う、ん」
「菜緒、開けてよ」
「えぇ...嫌」
「そこをなんとか!」
「だって、美玖の身体傷つけたくないし」
「いやいや大丈夫だって、たかが耳にちょっと穴開けるだけだよ?大したこと無いって」
「でも自分では開けたくないってことやろ?」
「そーだけどさ〜、ピアスなんてファッションじゃん、彼女のおしゃれの為に力を貸してよ」
「おしゃれって、それならイヤリングでいいやん」
「う、まぁなにごとも経験が大事じゃん?」
もう美玖の言ってることはめちゃくちゃだったが、かわいい困り顔でどんどんこちらに迫ってくるものだから正常な思考が飛んでしまう。
「わかった、から、もう...」
「やったぁ」
「両耳?」
「うん、1個ずつでいいから、ばちんって押すだけだからさ」
とピアッサーを渡される。

美玖と向かい合って手鏡を使いながら、場所を合わせる。
「ここらへん?」
「うん」
「じゃあ、やるけど。ほんとにいいの?」
「う、ん」
さすがにちょっと怖いのか、いつの間にか私の服をきゅっと握っている。大丈夫なんて言っておきながらいざとなると怖がるなんてかわいいやつめ。
とは言え私も少し緊張する。だってピアス開けるのなんて初めてだ。
「いくよ、」
と言って、思いっきり挟むと、バネのばちーんという音が響く。
「いっ、たぁ...」
美玖が顔をしかめる。
「大丈夫?」
「だい、じょぶ、」
ピアッサーを外してみると、しっかりピアスがついている。
「もう片方いけそう?」
「うん」
「じゃあおんなじとこね...」
「うん...」
今度はきゅっと目を瞑ってしまった。
これ結構痛いんじゃないの、と不安になる。
「菜緒、?はやく、」
「っ...ごめん、やるね?」
なんというか、その、結構まずい状況な気がする。具体的に言うと私の理性が。
変な思考がよぎる前にやってしまおう。
1回目と同じように思いっきり、またばちーんという音がする。
「ん、ん...」
美玖は歯を食いしばったのか、篭った声を漏らす。
「終わったけど、大丈夫?」
両耳を見るとちゃんとピアスがついている。
とりあえずは成功したみたいだ。
「へーきへーき、ありがと」
痛さで涙目ながらも、へへと美玖は笑う。
「───」
うーん、なんか変な感じだ。好きな人の苦しむ顔は見たくないが、自分で与えた痛みで悶える美玖を見ていると変な気分になった。
踏み入れてはいけないものに踏み入ってしまった気がする。
「やっぱり痛かったでしょ?」
「まぁ、ね、」
「だから言ったのに。
もうなんでわざわざ自分傷つけるようなことしたん?」
「だって、菜緒に開けてもらいたかったんだもん」
「へ?」
「あ、いや...なんでも...」
「美玖?ちゃんと言って?」
「あ、えと、そのね?変な意味じゃないんだけどさ」
「うん」
「その...好きな人からの痛みってどんな感じなのかな〜って......」
「......それが動機?」
「はい......」
呆れた。そんな理由だったとは。
美玖の顔はみるみる赤くなる。
「美玖って意外と変態なん?」
「だっから!そういう意味じゃないって...!」
ボッと火がついたように、美玖がさらに赤くなる。
「で?実際やってみてどうだった?」
「う、その、ちょっとぞくぞくして、うれしかった、です...」
「やっぱり変態じゃん」
「も、もう...ほんとに初めは興味本位だったんだって...」
「でも今は?どんな気持ちになっちゃったの?」
「む、菜緒」
ちょっとやりすぎちゃったかな。
ドS心が働いて問い詰めると、美玖は拗ねてしまった。
「そんなに言うなら菜緒もやってみる?」
「え〜?」
ぐいっと美玖が目の前に迫る。
どうやらピアッサーは予備のもう1個があるらしい。まぁ確かに、好きな人からの痛みって気になるけどな。
でもなー。開けるのは平気だったけど、開けられる勇気は、私には無い、から。
じゃあ代わりに、と服の襟を少し引っ張って鎖骨を覗かせる。
「じゃあピアスの代わりに噛んでもらおうかな」
と言うと、美玖は目を見開く。
「そういうの、どこで覚えてくるの?」
「覚えてくるんじゃなくて、してほしいの」
「菜緒のほうがえっちじゃん」
「美玖に言われたくないなー」
くすくすと笑いながら、美玖は肩に手を置いて鎖骨に顔を近づける。
「じゃあ、やるけど。ほんとにいいの?」
「うん」
私の返事を待って、美玖は鎖骨に噛み付く。
かぷり、というよりは、がり、って感じ。
跡が付くようにか、痛みを与える為か、さらに美玖は歯の力を強める。歯が沈むのを感じる。
「ず、ぁ...」
かなり痛かったが、なんとも言えぬ心地良さがあった。身体の芯がぞわぞわと、ふわふわとするような、変な感じ。
歯が離れていくのを感じるのと同時に、ぺろり、と舌で傷跡を舐められて、まるで電気が走ったように全身がぞくぞくする。
「ん、ぁ...」
身体の力が抜けてしまったが、いつの間にか肩から背中に回されていた美玖の腕が私を支える。
「ごめん、ちょっとやりすぎたかも」
「い、や、だいじょぶ、」
「どうだった?」
なんてニコニコで聞いてくるもんだから、正直に答えるのは気が引ける。けど今の私に真っ当な思考なんて残ってない。
「たしかに、ぞくぞくしたけど」
「うれしかった?」
「う、れしかった、」
えへへ、と言いながら美玖は背中を支えていた手を緩め、私はそのままベッドにゆっくり押し倒される。
「これで菜緒は私のものだね?」
なんて言いながら、傷跡を指でなぞる。
そんなのこんなことしなくたって、決まってることじゃないか。
でも、良いかもしれないな、それ。
私らには目に見える繋がりは無かったから。
痛みを通してお互いを感じるのも悪くは無い。だって痛みを感じてる間はお互いのことで頭がいっぱいだ。そう考えると、なんだか嬉しいような気がした。私らは2人とも変わっているのかもしれない。
「じゃあ、美玖も菜緒のもの?」
ピアスの開いた耳たぶに手を伸ばす。
直接触るのは少し怖いから、包むように触る。
「もちろん」
「じゃあ、この穴、塞がらないようにちゃんとお手入れしてよね」
「うん、じゃ、一生開けておくことにする」
「それってプロポーズ?」
「どうだろう?」
「誤魔化さんといて?」
どんどん美玖の顔が近づいてくる。
ばくばくと心臓が跳ねる。
「それなら菜緒には定期的に跡付けさせてもらわないと」
「次は学校もあるし、見えないとこね」
「見えなきゃ意味ないのに」
「独占欲つよいの?」
「菜緒にだけね、だって誰にもとられたくないもん」
「しょうがないなぁ」
美玖の首の後ろに手を回して、あっという間に距離を詰める。
「もっと痛くしてもいいから、美玖でいっぱいにして?」
心臓がはしゃいでて、傷跡はずきずきと痛む。
でも目の前の美玖も同じようで顔を少ししかめる。
美玖も同じ痛みを感じてると思うとうれしかった。

その日私らは、痛みが負の感情以外を生むことを知ったんだ。
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