長編

□君が微笑むだけで[1]
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授業に集中できず窓の外を眺めていると、教室の窓から流れる風が私の頬に触れる。春を少しだけ過ぎた風は生温く、少し居心地が悪かった。私の席は窓から2列目であったから、本来ならその風は私には直接は当たらない。ふと、隣の席に目を落とす。私の隣の席の──金村美玖さんは、GWが明けて1週間が経とうとしているが、休みのあとから1度も来ていない。理由はわからない。彼女とはただのクラスメイトであったし、連絡先も知らない、金村さん、と呼ぶくらいには距離があった。いや、以前にあったとある事件で、彼女とはそれなりに面識があったが、それでもただ挨拶を交わすくらいだ。だから、まぁこの時期だし五月病だろうか、などと推測を立てる程度であった。


「おい小坂」
「?はい、」
今は部活に入っていないのでホームルームの後帰ろうとすると担任に声を掛けられる。
「ちょっと頼み事があるんだが、」
「はい」
「金村がずっと休んでいるだろう?こんな2年が始まったばかりなのに。渡さなきゃ行けないプリントもあるし、お前の家から近いみたいだから様子を見てきてくれないか?」
「え、」
なんで私なんですか、と聞く。そもそも彼女は吹奏楽部であったし、友人も多い方だったから、私以外にもっと親しい人がいるだろう。
「いやな、なんせ吹部は大会が近いらしくてなぁ、頼むのは気が引けるし、金村と親しい奴に連絡を取るように言ったんだがなかなか返事が無いらしくてな。学校へ休みの連絡はしてくるんだが、体調不良の一点張りでなぁ、」
「それって私が行っても意味無い気がするんですけど」
「まぁそうかもしれんが、お前は部活もないし、家も近いし、面識が無いわけでもないだろ?試すだけ試してくれないか?お前だってこのまま金村が来なくなるのは嫌だろう?」
「───」
じゃあよろしくな、住所はそれに書いてあるから、と言って、ずしりとしたプリントの入った渡して担任はどこかへ行ってしまった。拒否権は無いらしい。若干気は重いが、私も鬼では無い。帰宅のついでと思って、金村さんの家に向かう事にする。


「む、」
住所の通りに辿り着いた家は、周りと比べるとかなり立派な家であった。が、あまり人気が感じられなかった。玄関から家の裏の方にある、塀に囲われた庭が少しだけ見えたが、手入れが行き届いていないのか、うっそうとしていて、ジブリ映画を思わせた。
とりあえず、かこん、と玄関脇のポストに封筒を入れる。と同時に担任に様子を見てこいと言われたのを思い出す。インターホンを押して、声をかけるべきだろうか、と迷っておろおろとしていると、予想外にも──がちゃりと扉が開き、スウェット姿の金村さんがひょっこり顔を出す。
「あ、金村、さん」
「──小坂、さん?」
酷く驚いた顔をする。なんなら少し怯えて。接点が少ないとはいえ、そんなに怯えられると堪えるものがある。
まぁ少し顔色は悪そうだが、立って話すことができる程度ではあった。
「どうして、ここに?」
「あぁ、先生にプリント渡して様子見てきてって言われて、」
と、ポストに入れた封筒を出して金村さんに渡す。
「いきなり金村さんが出てきたからびっくりしたぁ」
「たまたま玄関にいたから、ポストの音が聞こえて、気になっちゃって」
「そっか、体調は大丈夫そう?」
「あぁ、えぇと、まぁ大丈夫」
気まずそうに目を逸らす。事情はよく分からないが、あまり深追いしないで欲しいようだった。気にならないと言えば嘘になるが、まぁそこまで親しい仲でも無い訳だし、とりあえず顔が見れたというだけで担任からのミッションは達成だろう。
「あの、」
金村さんが口を開く。
「私、学校、やめるから、」
「え?」
突然の発言に耳を疑う。
「私、学校辞めるつもりだから、先生にこういうふうにプリントとか渡されても、もうこなくても大丈夫だから」
驚きを隠せない。
「───どうして、」
「それは、言えない、けど」
「───」
そう言われてしまうと、私は聞くに聞けなかった。どうやら彼女には本当に何か事情があるらしい。何となく疎外感を感じる。大して仲良くもない癖に拒絶されたような感じ。
「だから、今日はありがとう。だけどもう大丈────」
と言ったところで彼女の端正な顔がぐしゃりと歪む。
「─っぐぁ───」
苦しそうな呻き声を上げてその場にしゃがみこむ。
「っ金村さん!?」
私もしゃがみこむと金村さんは実に苦しそうに呻き声を上げている。まずい。何か緊急事態が彼女の身に起きている。
「きゅ、救急車、!」
とスマホを手に取ると、その手を掴まれる。
「...そ、れ、は......っだめ......」
「で、でも」
「...っ.......ぎっ、ぁあ、」
さっきよりも苦しそうに呻き声を上げたかと思うと、彼女はぐたりと、気を失ってしまった。
「な──」
すぐに口元に耳を当てると、浅いが呼吸はしている。とにかく、今は、彼女の意志を尊重することにする。
彼女を抱きかかえて、家の中に入る。彼女が軽すぎたのと、かつて私が運動部だったお陰で、抱えるのは簡単だった。そのままずんずんとリビングらしきところへ行き、ソファの上に彼女を寝かせる。
と、ふと彼女の背中を支えていた私の手が湿っているような、濡れているような気がした。
「───」
それは、紅い、血であった。どうやら彼女は背中から出血もしているようだ。いや、出血の痛みが気絶の原因かもしれない。
とにかく止血しなくては、と、ごめん、と謝って彼女の服を脱がしていく。
服を脱がせると、彼女は背中全体に包帯を巻いていた。そして、やはり、背中の肩甲骨あたりに血が滲んでいる。
だが、違和感があった。肩甲骨とは違う、何か膨らみがそこにはあった。
「──?」
いや、とにかく急がなきゃ、と包帯を剥いでいく。そして彼女の背中があらわになる。

「─────────」
絶句した。目の前の光景が信じられなかった。信じたくなかった。
確かに彼女の背中には傷があった。そこからじわじわと血が滲んできていた。
しかし、それだけではない。その傷口から、血で所々が濡れた、白い、何かが、生えている。
そう、それは、客観的に言うとしたら───

彼女の背中からは、小さいが、
まさに天使のような翼が、生えていた。
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