長編

□君が微笑むだけで[2]
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幸いにもどくどくと溢れるような血でなかったから、すぐに止血をすることができた。
その上、彼女が自分で巻いていたのだろう、リビングの机の上には包帯やら何やら、救急セットが置いてあったのでそれを使って手当することができた。
兄の影響で昔からB級スプラッタ映画を見て血にある程度慣れていたことと、運動部時代、顧問が保健体育の先生で真面目に応急手当の授業を受けていたことが功を奏した。
彼女はまだ気を失っていたが、呼吸と心拍は少し落ち着き、心無しか顔色も初めよりはずっとよかった。あとは目覚めを待つだけだろう。
「───」
さっき見た光景が、脳裏によぎる。
彼女から天使の翼が生えていた。
いや、見た目こそは天使の翼と言ったところだが、実際 私が見たのはそんなメルヘンチックなものでは無く、実に痛々しい、という印象を抱いた。
私1人では疑問しか浮かばないが、本人が起きるまではどうしようも無い。
ふと、なんでこんなことになっているのだろうか、と客観的になろうとする。そうでもしなければ、おかしくなりそうだ。
担任の発言を思い出す。
部活のない生徒はそれなりに居たから、そもそも彼女と面識がなければここに来ることはなかったのだろう。
彼女と、私が交わった、初めてはいつだったか。
あぁ、そうだと、ある事件のことを思い出す。





私は1年生の時、バレーボール部だった。
というか、バレー部が強いということでこの高校を選び、私は地元を離れて高校近くでアパート暮らしする程だった。
小、中学校とバレー三昧で、高校では1年生ながらにもベンチ入りさせてもらったり、ピンチサーバーをさせてもらったりしていた。まぁ、恐らく私は期待されていたのだろう。
だが、ある日事件≠ヘ起こった。
その日、私はクラスの日誌係で部活に遅れ、制服のままに体育館へ急いでいた。
しかし体育館へ向かう途中、体育館裏から怒声に近いものを、聞いた。
何となく胸騒ぎがして、その現場へ行くと、まさにそこは絵に描いたようないじめの現場だった。
しかも、いじめられている方は女の子で、殴られたのだろうか、右頬が少し腫れていて地面にへたりこんでいた。
一方、いじめている方は男女で、1人の女と取り巻きの男、という感じだった。
そして私が駆けつけた瞬間は、その取り巻きの男がまさに女の子に手を上げようとする瞬間だった。
「ちょっと!」
「なんでこんなことしてんの?」
無意識に口が開いた。
無意識に体が動き、ずんずんと進み、女の子と男の間に割り込む。
「なんだお前」
「こんな無抵抗な女の子に、そんなことして許されると思ってんの?」
「はぁ?お前に関係ねぇだろ!」
邪魔された苛立ちか、そこからいきなり殴り掛かってきたので咄嗟に避ける。
それがだめだった。
そこから男は避ける私に次々に殴ろうとし、喧嘩のようになってしまった。私は持ち前の運動神経と動体視力で避けていくが、それが男の闘争心に火をつけてしまったようだ。
だが力技には勝てず、1発、2発と食らっていき、他の男も加勢しようとしてきて、さすがにやばいと思った瞬間、
「おい!お前ら何してんだ!」
と先生がやってきた。そこで先生が仲裁し、喧嘩は強制的に終了した。
後から聞いたが、どうやらこのとき金村さんは喧嘩の一部を見ていたらしく、先生を呼んでくれたようだった。
相手はしばらく停学になった。
そして、私は相手を殴らなかったが、傍から見ればそれは私と男の喧嘩という扱いになるらしく、停学の代わりにバレーボール部を辞めざるを得なくなった。なんせ強豪校なのだ、素行不良の問題児がいてはまずいだろう。
仕方の無いことだ、と思った。もちろんバレーをやりたかったが、かと言ってあのままいじめを見逃すことも私にはできなかったのだ。
だが金村さんはその現場にいた責任感があったのか、最後の最後まで「彼女は殴ってない、守ろうとしただけなんです、私ちゃんと見てました!」と、面識なんてない私のことを庇ってくれた。
ただ、結果は覆らなかった。
だから私から金村さんに、もういいよ、と言ったのだ。彼女は悔しそうだったが、最後にはわかった、と言って諦めてくれた。
それが私と彼女が初めて交わったときであった。
しかしその時交わしたのはたった一言二言だけであった。それが、面識はあるが他人に近い状況を生み出していた。



「......、っう...」
「あ」
どうやら本人が目を覚ましたらしい。
「大丈夫、?」
「────」
彼女はしばらく話さなかった。
恐らく状況を整理しているのだろう。
気を失う前のこと、机の上に置かれているさっきまで金村さんに巻いてあった血の滲む包帯、そして私の神妙な面持ちを見て答えを出した。
「───見ちゃった、か」
「、うん」
恐らくは彼女の、背中、のことだろう。
「詳しく、教えて欲しい、んだけど、だめかな」
「─────」
沈黙はNoということだろうか。
「───、まぁでもここまで知っちゃったら、知る権利は、あるか」
「うん、」
「誰にも言わないって約束してくれる?」
「、約束する」
そして、わかった、と言って彼女は重い口を開き始めた。
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