長編

□君が微笑むだけで[7]
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ピンポーン
夕方になり、家のチャイムが鳴る。
「──」
こんな時間に、私のところを尋ねてくる人なんて1人しか知らない。
とりあえず玄関の扉を開ける。
「あっ」
「ほんとに、来たね...」
「もちろん、でも開けてくれなかったらどうしようかと思った、」
「流石にそこまで鬼じゃないから...」
小坂さんは お邪魔します、と言いながら、なんの躊躇いもなくリビングへ向かっていく。
その右手にはスーパーのレジ袋があった。
「その袋は、?」
「え、あぁ、これはね、えっと、金村さんさぁ、最近ごはんちゃんと食べてる?」
「へ? 、えぇと、病気になってからはネットで頼んだりしてる、まぁ食欲あんま無いから食べないことも多いけど...」
「やっぱりかぁ、それじゃ倒れちゃうよ、ただでさえ貧血気味だろうし。
だから、私がごはん作るから、ちょっと待ってて?」
「え」
「なんか嫌いな食べ物ある〜?」
「えっ、と、トマトとか...?」
「む、じゃぁケチャップとかも無理?」
「あ、いや、ケチャップは大丈夫だけど、そのものが苦手ってだけで」
「そっか、よかったぁ」
そう言って、じゃ台所借りるね、と言って彼女は料理し始める。

唐突の事態に頭が追いつかない。
とりあえず、リビングのソファから彼女が料理する様子を眺めて待つことにする。
昨日の今日だから、来たらどんなことを言われるのだろう、と緊張していたが、なんだか拍子抜けした。

しばらくすると、お皿を持ってリビングに小坂さんがやってくる。
「はいどーぞ」
ことん、とオムライスが乗ったお皿を私の目の前に置く。
「えっと、」
「別にとびきり美味しい、って訳じゃないかもしれないけど、残したっていいから、とりあえず食べてみて」
「わ、かった」
彼女の勢いに押されて、食べ始める。
む、かなり、おいしいな、これ。
味ももちろんだけど、それだけじゃない。
なんだか、暖かい≠ニ感じた。
手作りを食べたのが久々だったからだろうか。
あぁ、いや、そうだ。
彼女は、私には眩しすぎる人だから、太陽みたいな人だから、そう感じてしまったのかもしれない。
「、すっごく、おいしい」
その時は、自然と笑えたことなど無いのに、自然と笑えた気がした。真似事じゃないと思いたかった。
「ほんと?」
「うん、作ってくれてありがとう」
よかったぁ、と彼女は言い、少し間を空けて私をまっすぐ見つめる。

「ねぇ、金村さん」
「──はい」
「私は、やっぱり、金村さんに笑ってて欲しい。今みたいに。学校でみたいに苦しそうに笑ってるのなんかみたくない。」
あぁやはりこの人にはバレていたか。
「金村さんがどんなに受け入れたふりをしてても、私はそんなのみたくない。そんな寂しそうに受け入れたふりなんて、私の前ではしなくていい」
死ぬのなんかもう怖くない、と思っていたが、彼女の目にはそうは映らなかったみたいだ。
「私は金村さんが、全部1人で何もかも背負い込もうとするのは見ていられない、から。
だから、これからは私が金村さんの傍にいることにするよ」
「───どう、して」
そんなに優しくするんだろう。
もう私は期待したくなんてない。
小坂さんに返せるものなんて何も無いのに。
「理由、なんて無いよ。
私はもう金村さんを1人にしたくない、だけ」
もう、ってどういうことだろう。
「だから、とりあえず友達から始めない?
み、美玖、」
そう言って、彼女はさん付けを辞めて、私へ手を差し出した。
彼女は友達を下の名前で呼ぶタイプらしい。
「────」
私にはこの手を握り返す資格があるのだろうか。
今日は彼女に振り回されてばかりで、頭がこんがらがって、わからなかった。
でも、このまま彼女の気持ちを拒絶するのは、あまりに恩知らずな気もした。
「わかっ、た────菜緒、」
そう言って、彼女にならい、差し出された手を握り返した。
「ただ、」
と付け加える。
「これから、どんなに仲良くなったって何をしたって、菜緒が私の傍に居ようとしても、私はずっと菜緒、の傍には居れないんだ、ってことだけ覚えていて欲しい」
「────う、ん」
どんなに、足掻いたって病気は進行していく。
それだけは止められない。
親しくなるということは、それだけお互いの存在でお互いの心が埋まってしまうということだ。
そうなってしまえば、きっとお互いが私達は心残りになるだろう。
死んでも彼女に迷惑など掛けたくなかったし、私も心残りなんて欲しくはなかった。
だからこれは、私らの、期待してしまいそうな自分と私に踏み込もうとする彼女との戒めだ。
私たちは、お互いを知れば知るほど、後悔するんだろう。
「それでも、友達に、なるの?」
「──もちろん」
ふわり、と彼女は笑う。
その眩しさに、暖かさに、私は溶けそうだ。

その日、私には初めて友達≠ェできた。
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