08/30の日記

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鬼ごっこ 23
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『…アレ、相当痛いのじゃろう?』
「ああ、そう聞いたな」

大腿部へ爪を立て、まさかの股間への一撃が決まり、主は身を縮めて悶えている。

「靴を脱がさなかった事だけは感謝するわ」

結芽が両手を腰に当て「ふんっ」と息を吐き出す。

『奴はやっぱりただの人間じゃ』
「…鬼でもあれはヤバイだろう」

結芽の意外な行動に呆気にとられる二人を余所に、結芽はすぐに行動を起こした。
悶える主の頭の側に、青い玉が転がっている。
結芽がそれを拾おうと手を伸ばした…瞬間、主に手首を掴まれた。

「結芽…後でお仕置きだからね」

声は痛みに耐えながら震えているが、眼は怒りに満ちている。

「結芽!」
『瑠璃!今じゃ、空間を閉じろ!』

朱殷の声に反応した主が、起き上がり始めた。
震えながらも握った手首を放す様子はなく、結芽も引っ張られ立ち上がる。

「全く…うるさい奴らだ」

立ち上がった結芽の足先に、青い玉が転がっている。
どうにかして拾うか、朱殷の側まで転がせないかと考えるが、あと少しが届かない。

「結芽…まずは僕の股間に謝って」
「え?」
「ほら、跪け。顔を埋めてごめんなさいって繰り返せ」

結芽の頭をぐっと押し、無理矢理膝をつかせると、自分の股間をつき出す。
紅が『げげっ、変態』と唸った。

「…いい加減にしろ」
「あ?何だよ?」
「いつまでそんな事やってる」

結芽からは朱殷の姿が見えないが、これまで聞いた事のない程に低い、冷たい声だ。

「瑠璃、まだそいつの言いなりなら俺はもう、お前らを見限る…紅から先に壊してやろうか」
『な、何故我を壊す?』
「紅だけでは存在の意味がないだろう?」
『なんじゃ、勝手な事を。結芽を助けられなくなるぞ…おい瑠璃!聞こえとるんじゃろう?目を覚ませ!』

朱殷の、誰に話しているのか分からない言葉が聞こえてくる。
説得しようとしているのか、しかし主に向けてではないのは何となく分かる。

「何、訳の分からない事を…僕達の邪魔をするな!」

頭を抑える手に力が入り、結芽の顔が主の股間に押し当てられた。

「むぐ…ぐぅ…っ」
「瑠璃!!」

結芽が呻いたのと同時に、朱殷の大きく鋭い声が響く。
朱殷の手の平に居る紅には、ピリピリと刺される様な痛みが伝わって来た。

『ひ…ひぃっ、頼む瑠璃!!本当にやられてしまうぞ!』


…突然、結芽は足を引っ張られる様な感じを受けた。

「……えっ?」

以前にもあった感覚。
状況は分からないが、自分が落下している事だけは理解した。
この世界に来て、こんな経験を何度すれば良いのだろう。
結芽の頭を抑えていた手は離れたが、目の前には同じく目を見開き驚いた表情の主がいる。

「落ちる……っ!」

下には積み重なった岩鬼たち。
あそこに叩きつけられたらひとたまりもないだろう。
でも、主と二人だけの空間に居るよりはましだ…と思った瞬間。

今度は《フワリ》と、身体がすくわれた様な…風が身体に巻き付いたと言って良いのか、ぴたりと落下が止まる。

「……?」

目の前にあった主の姿はなく、見上げると、そこには。

「朱殷…!」

近付いてくる赤い髪の、見慣れた着物を着たその愛しい鬼に向かい、両手を伸ばす。
あちらからも伸びてきた手と、今度は邪魔するものはなく触れあった。

「結芽!」

引き寄せられ、ぎゅうっと抱き締められる。
じわりと広がる、身体が覚えているこの感覚。

「やっと触れた…」

耳元で囁く声に、急に涙が溢れてきた。

「朱殷…っ、ごめ、んなさ…っ、」
「謝る必要はないと言っただろう」
「皆に迷惑かけたし…私、また穢れちゃっ…」

言葉を遮るように、朱殷は唇で口を塞ぐ。
お互いの舌を軽く絡ませた後、ゆっくりと離れた。

「…続きは帰ってからな」

そうだった、ここはまだ空中だったと、結芽は慌てて朱殷の着物にしがみつく。

積み重なる岩鬼を器用に避け、まもなく朱殷の足が地面に着いた。
前と同じく、抱かれている結芽には衝撃はほとんど感じられない。
いつの間にか、岩鬼の動きも落ち着いており、新たに湧いてくる事はなくなった様だ。

「ユメ…!!」

わーんと泣きながら、緋が走り寄ってきた。
ちゃんと手足も付いているし、いつもの可愛いおさげ姿だ。

「緋!良かった、無事ね!?」
「ユメ、ごめんなさい、緋のせいで酷い目に合わせて…」

朱殷から離れ、今度は緋を抱き締める。

「緋の勝手で結芽を連れて来て、守れなくて…緋は、」
「緋、自分をそんなに責めなくて良いの。またゆっくり話をしよう」
「そうだ。緋、まだ終わっていない」

朱殷が、結芽と緋の横を通り前へ出る。
その先には、結芽と同じく落ちてきたはずの主が地べたに座っている。
落ちた衝撃でも助かったのかと不思議だったが、烏羽の蔦が身体に巻き付いているのを見て理解した。

双子の鬼が、主を見張るようにして立っている。
莉緒とななみの姿もあり、ホッと胸を撫で下ろす。
ベッドごと浮いていた女の子二人も助けられたのだろう、ぐったりしているが無事な様だ。

「ふん、僕をどうする気?なんで助けた…ああ、拷問でもするの」
「さて…どうしてくれよう?」

朱殷の右手には、赤い玉が乗っている。
烏羽が青い玉を持って近付き、差し出された左手に乗せた。

『瑠璃!やっと会えたな』
『うぅ…紅、すまんかった…わしが不甲斐ないばっかりに』
「全くだ」

朱殷の呆れた様な一言に、瑠璃玉がひいぃぃぃ…と声をあげる。

『長い者に巻かれるのは相変わらずじゃの。一時は我も瑠璃も壊されるかと思ったぞ』
「さすがの瑠璃も、紅が割られると聞いたら動くかと思ってな」
『まんまとのせられたのじゃ…』

朱殷が二つの玉に話しかけている様子を見て、主が睨み付ける。

「…ふざけてるのか?」
「残念だな、お前には聞こえないだろう?」
「聞こえないとしても…問題ない」
「もう諦めろ、お前は何の力もないただの罪人だ。こいつらが裁いてくれるさ」
「裁く?偉そうに…今まで僕の言いなりだったくせに。そんなガラス玉に何が出来る?」
『そんなガラス玉に頼りきっていたのじゃろ。話していても腹が立つだけじゃ、早く終わらせるぞ』
「どうするのだ?」

主の言う事は聞こえていないかの様に、何やら話している朱殷を結芽が見つめていると、突然、視線が合い驚いた。
結芽の他に、莉緒とななみにも問いかけてくる。

「任せてもらえるか?」
「…どうするつもり?」

莉緒が、分からないと首を捻る。

「こいつには元の世界に戻ってもらう」
「え?」
「この島に存在している事自体が我慢ならん」
「そんな事…出来るの?」
「紅と瑠璃が揃ったからな」
「手緩いな。じゃあ僕は島流し…って所か」

主がふん、と鼻で笑う。
莉緒がその様子を見て、足元の石を投げつけた。

「笑わないで!どれだけの女の子を死なせたと思ってるの」
「…痛いなあ。だから僕が直接殺したんじゃないってば」
「同じよ、あんたのせいよ」
「莉緒、君は相変わらず口うるさいね…なんでまだ生きてるの?」
「……!」

莉緒が動くより早く、走り出たななみが主の右頬を叩いた。

「な…ななみ!?」

驚いた莉緒が、高い声で名前を叫ぶ。

「……っ」
「あんたこそ…なんで地獄に落ちないの?」
「あれ…喋れるんじゃないか。ななみ、また僕についておいでよ。元の世界で楽しく暮らそう」

涙を溜め怒りに身体を震わせるななみの所に、莉緒と烏羽が駆け寄った。
話を戻すぞ、と言う様に、朱殷が更に前へ出る。

「この島に来た経緯は覚えているな」
「…ああ?」
「お前、元の世界でも好き勝手にやっていたんだろう?」
「自分の思う様に生きてるだけだ」
「その結果、小屋に閉じ込められた」
「…それが何だと?」
「お前が戻るのはその小屋だ」
「何?」

主の表情が固くなる。

「出来るはずが…あの小屋を知ってもいないくせに」
「紅玉瑠璃玉、二つが揃ったらそんなこと訳ないって言ってるぞ。長い間、取り込まれていたからな…お前の記憶もすっかり把握したらしい」
「…やめろ、あの場所に戻ったら僕は、」
「次は救いの扉は現れないだろうがな。後は知らん、自業自得だ」

しゅるしゅると、烏羽の蔦が解けて戻っていく。
身体が自由になった主は、慌てた様子で立ち上がり、朱殷に背を向け走り出した。

「うわっ…!?」

いくらも進まない内に、主の身体が何かに弾かれた様に戻り、バランスを崩し尻もちをつく。

「残念だな。お前が得意にしていた別空間だ、一人分のな。後は…紅」
『承知した』
「まて、やめろ…っ!」

まだ話があると、焦った様に手を伸ばした主を、白い光が包み込む。
主の姿形もハッキリ分からなくなり、その眩しさに皆が目を細めた。





つづく!

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