09/07の日記

00:06
鬼ごっこ 24
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結芽が目蓋を開けた時には、そこに主の姿はなかった。
莉緒とななみも、同じ場所をじっと見つめている。

「…終わったの?」

いつの間にか隣に立っていた朱殷を見上げると、朱殷は黙ったまま頷いた。

「そう…」

それを見た結芽が、へにゃへにゃと崩れ落ちる。

「大丈夫か?」
「うん…気が抜けただけ」

莉緒とななみが隠れていた部屋から、預けていた結芽の着物を緋が持ってきてくれたらしく、受け取った朱殷が結芽の肩に掛けてくれた。

ふと、朱殷のその動きに、微かによそよそしさを感じ、結芽は首を傾けた。



「女の子たち…皆、戻れるって事?」
「ああ。ここに来る事になった瞬間の前後に限るが。その時の場面を強く思い浮かべて欲しいと言っている」
『我らにも責任があるからの…』

岩の上に並んで鎮座した玉が、きらりと光った。

主の城に現在居る女の子は、結芽と莉緒、ななみ以外に六人。
その六人の女の子は、元の世界に戻してもらう事になった。
主と同じ様に、白い光に包まれながら姿が消えていく。
無事に元の生活を取り戻せる事を祈るばかりだ。

莉緒とななみは、女の子たちに手を振りながら白い光を見つめていた。

「リオ、ナナミ…」

緋が、そっと二人の手を握る。

「二人は…どうするの?」

今にも泣き出しそうな緋を見た二人は顔を見合せ、ふふ、と笑い合うと、両側から緋をぎゅう…っと抱き締めた。

「ふぇ…っ?」
「私たちは、緋と姉妹になるわ」
「え?姉妹って…?どういうこと?」

緋が二人の間でキョロキョロ首を振りながら、教えてと繰り返す。

「今度は私たちが緋をいっぱい甘やかすって事」
「え…こっちに残ってくれるの?」
「いいのか?」

すでに滝の様な涙を流している緋の頭を撫でながら、莉緒とななみが頷いた。

「私たち…あんまり元の世界に未練はないの。ただ、衣食住は提供してくれる?その分ちゃんと働くし」
「ああ、了解した」

そう返事をした朱殷が、ゆっくりと結芽の方に向き直す。
さっきまでの怒りが嘘の様に、静かな、不安気な顔だ。
先程の、着物を掛けてくれた時の違和感が何か、もう結芽は気付いていた。

「結芽…」

名前を呼んだ後の言葉は続かなかった。
指先でそっと唇に触れると、微かに震えているのが伝わってくる。

「家族の事は心配だし会いたいけど…でも、」
「………」
「朱殷の存在が大きくなっちゃって…戻ったら、またこの島に来れる可能性はほとんど無いんでしょう?今離れたら…絶対後悔する」
「…では、」

朱殷の眉毛がハの字を描いている。
結芽は両手を伸ばし、朱殷の頬を包んだ。

「私は朱殷のお嫁さんだし。ずっと一緒にいる」
「…そうか」
「うん」

ホッとした様に微笑んだ朱殷が、結芽の腰を抱く。

「ねぇ、」

抱っこして…とねだられ、朱殷は結芽の身体を抱き上げた。
結芽は唇を朱殷の耳に近付ける。

「愛してる」

そう囁かれ、頬を赤らめる朱殷は、皆に見られぬ様に身を翻した。




『もともと岩鬼は、岩山の中に居る我らを護る役目があったのじゃ』

岩鬼たちは何事も無かったように、ガラガラと音を立てながら戻っていく。

「他の場所にも岩鬼が出るが…もしや紅と瑠璃の他にもいるのか?」
『ああ、琥珀に翠、葵……あと何じゃったか』
「そんなにいるのか…」
『面倒くさそうな顔をするな。我らがいなければ今のこの島もないのじゃぞ』
「確かに…この島で飢えたり水に困った事はないですね」
『おお…蔦使い、良く分かっておるな。そもそも我らの能力の使い方は…』
「もういい。館に帰るぞ」
『ななっ…コラ、もっと敬え!』

主の城は消え、玉座があったこの場所だけが残った。
操られていた鬼たちも解放され、あやふやな記憶はその内に消えるだろうと紅は話す。
迷い込みの女の子を拐って食べる習慣も、やがてなくなるだろう。

紅玉と瑠璃玉はまた以前の様にここで過ごすという。

「祭壇くらいは作ってやろう」
『全く、なんでそんなに偉そうなんじゃ…蔦使い、結芽に喧嘩したら何時でもおいでと伝えてくれ』
「…先に私の所に来てもらいますよ」

烏羽はふふっ、と笑いながら、紅玉瑠璃玉に手を振った。




岩山の中では分からなかったが、外はもうすっかり夜になっていた。
結芽がこの島に来て、初めて知った満天の星空だ。

ずっと城の中にいた莉緒とななみも、この無数の輝く星に圧倒された様子で、あんぐりと口を開けたまま空を見上げている。

「さあ館に帰るぞ」

いつもの様に、結芽は朱殷に抱っこされ、莉緒は深藍が背負い、ななみは烏羽が抱き上げた。

「緋?どうしたの、行くよ?」

いつも師匠の側を跳ぶ緋の姿がない。
朱殷ごと向きを変え、結芽が高い位置から見渡すと、皆から離れた、岩影に立っているのが見えた。

「緋…?そんな暗い所に…」
「…師匠、ユメ、緋は…いいの?」
「え?」

聞き取れない位の小さな声。
朱殷に降ろしてもらった結芽が緋に近付くと、緋の身体が震えているのが分かった。

「緋、泣いてるの?」
「緋は、皆と館に帰ってもいいの?」
「え……ひょっとして、さっきも言ってた事?」
「だって、主に操られてたけど、でもたくさんの女の子を連れてきたし、ユメだって緋が勝手に……緋も悪いことしたんだ」
「でも、緋に助けられた女の子もいるでしょう?城の中でも、緋は一生懸命お世話をしてたんだし」
「でも、」
「私は緋や朱殷に出会えて良かったと思う。大好きなの。だから戻らないって決めたのよ」
「ぅ…ぅうー…」

緋の目から涙がポロポロと流れ出る。

「何かやっているのは前から分かっていた。今更何も変わらん。それに緋は俺の弟子だろう、逃げるのか?」
「師匠…っ」
「さっさと風呂を沸かして入るぞ」

ぶっきらぼうな言葉だが、緋の心には届いているのか、顔を上げ瞳が開かれる。

「晩御飯…何が良いですか!?」
「肉」

緋の問に、朱殷が一言放つ。
結芽の手を取り、二人で一緒に朱殷の側に駆け寄った。

さあ、今度こそ…と、結芽が再び朱殷に抱き抱えられた時。

「…ん?青藍は?」

もう一人足りない事に気が付いた結芽は首を振る。
烏羽が「ああ、」と呟く。

「暫く帰って来ないかもしれませんねぇ」
「え、どこかに行ったの?急に?」
「…弟ながら不憫な奴」

青藍が、いつの間にか朱殷に吹っ飛ばされていた事を、結芽は後で知ったのだった。





つづく!

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