10/22の日記

00:41
百合花学園〜瑠花の場合 1〜
---------------


「あ〜…気が抜けた…」

瑠花(るか)がチラリと視線だけを送ると、頬杖をつき、長い溜息をもらす女性が見えた。
今朝から同じ台詞を何度も呟くその人は、瑠花が所属する生徒会の会長。
副会長である瑠花の先輩で、尊敬する人物である。

普段は笑みを絶やさず、いつも輝く瞳の生徒たちに囲まれ…まあ、尊敬だの恋だの、瞳に浮かべるものはそれぞれだが。
頭の回転が早く、的確な判断で皆をまとめあげる、学園をより良い方向に導くためには欠かせない人だ。

昼休みに生徒会室へ来るのは珍しくなく、神代先輩と瑠花で書類を片付けたり打ち合わせをしたりする事も多い。
いつもは他にも誰か居たりするので『シャキッ』とした先輩なのだが、今は二人だけだからか、ずっとこの調子だ。
これまでも無かった訳ではないが、今日はちょっと様子が違う。

「神代先輩、どうかされましたか?」
「……それ聞く?」
「聞いてほしいのでは?」

一応、副会長ですから。
会長の補佐が一番の仕事ですし。

「じゃあ聞いてよ、瑠花」
「はい」
「…振られちゃったんだ、昨日」

なんとなく予想していた内容だった。
最近、「神代先輩には『印』をつけたい子が居る」という噂は、瑠花の耳にも入っていた。
噂になる以前から、直接聞いてはいたのだが。
先輩が、自分以外に触れさせたくない…とまで本気になっていた女の子といえば、一人しかいない。

「瑠花も知ってるでしょう?」
「ええ、まあ…同じ学年ですし」
「仕方ないけどね…あの子には私じゃ敵わない相手が居たって事」



この学園には、独特なルールがある。
校則とかではなく、他校では通用しない、ここの生徒間での決まり事で、入学すると誰からともなく教えられるものだ。

女子校によくある、格好良い先輩がモテるとか…それだけなら良いのだが、この学園では、その先の身体の関係まで発展するのが当たり前。
中には興味を持たない生徒も居るが、皆、そんな相手を探すのだ。
油断していると、思わぬ所で情事に出くわしたりする。

先生方が知らぬ訳はないと思うが。
学園長もおおらかというのか…長年、このルールに対しては何も言わないらしい。

「しばらくは現れないかな…本気になれる相手。瑠花は居ないの?」
「私ですか?」
「瑠花もこっち側でしょ、触れたくて仕方ない子とかいないの?瑠花は背が高いし綺麗な顔だしモテるよね」
「うーん…居ませんね。誘われる事もありますけど、最近は断ってるし」

先輩程はモテませんよ…と、瑠花は心の中で呟く。

ここで言う『こっち側』とは、相手を抱く側の事。
少数だがどちらでも大丈夫だという人もいる。
まあ、自分は外見からして『抱かれる側』には見えないと思う。

以前は、相手によっては誘いを受けていたのだが、皆が同じような人物に思えてきて、ただ抱く事に飽きたというか、疲れたというか。
もともと、愛想が良い訳でもない。
最近は理由をつけて断るようになった。

「そうなのか…どんな子が好きなの?」

さっきまで溜め息をついていたとは思えない位、興味津々な瞳を向けてくる。

「自分でもよく分からなくて…夢中になるほど惹かれた経験ないんですよ」
「ふーん。瑠花はお母さんタイプだから、」
「そ、そうですか?」
「口うるさいとかじゃなくて…子どもがやりたい事を気付かれないようにサポートしてるみたいな。私らの事よく理解して、先回りしてお世話してくれるでしょ」
「……」
「だから、ほうっておけない危なっかしい子が良いかもね」
「……それって恋になるんですか?」

眉間に皺を寄せ首をかしげると、神代先輩が「はははっ」と、声をあげて笑った。




人気のない、旧校舎に続く石畳。
道に沿ってフェンスが立ち、所々にはつるが巻き付き、小さな白い花が咲いている。
ここに来ると、何処か違う世界にでも迷い込んだかなと思ってしまう。
静かで穏やかな気持ちになるのだ。

瑠花が何故、昼休みにこの道を歩いているのかというと、石畳の一部が崩れているという報告があっていたからだ。
この先には古い図書館や、旧美術室のある校舎があり、そこを利用する生徒がいる。
何故こんな所が崩れるのか分からず、直接確認をしに来た所だ。
まあ、古い石畳なので、脆くなって崩れた…なんて事もあり得るだろう。

そう思いつつ問題の箇所に近付いた時。
『ガシャン』という音が聞こえてきた。
フェンスに何かが当たった様な音だ。
この辺り…まあ、猫くらいなら迷い込んでもおかしくはないが。



「………」
「………あ、」

副会長センパイ、と、目を見開き小さく呟いたその猫は、学園の制服を着ていた。
いや、猫というよりは…うさぎやハムスターの方がしっくりくる。
瑠花の長い黒髪に比べて明るい茶色の髪。
顎辺りまでの長さで、癖毛なのか緩くふわふわと巻いている。

暫く、無意識に見つめていた自分に気が付いた瑠花は、うさぎ…彼女が何をしようとしているのか理解し驚いた。
フェンスの向こう側から両手両足をかけ、よじ登ろうとしていたらしく…。

「ちょ…ちょっと待っ…!」
「あ、えっと、これには訳が…」

フェンスの向こう側に居る相手だが、まさかの行動に、瑠花はとっさに手を伸ばした。
そんなに高さのあるフェンスではないにしろ、やはり危険だ。

「危ない、降りて!」
「大丈夫です…わ、わわっ?」

足を掛けていた金網が折れてほどけ、彼女はバランスを崩した。

「……!」

『どすん』と音を立て、地面に尻もちをついた彼女は、あいたたた、と顔をしかめた。

「大丈夫!?」
「はい…大丈夫です…よくあることなんで」

よくあることとは?と、瑠花が首をかしげる間に彼女は立ち上がり、スカートの汚れを払った。

「すみません、ちょっと道に迷っちゃって」
「道に迷って…フェンスによじ登る結果に?」
「はは…どうしてもそっち側に行けないから、飛び越えようかなって…」
「何処に行こうとしてたの?」
「売店です」

ああ、なるほどお昼ごはんをね…と納得しかかった瑠花だったが、頭に疑問が過りまた首をかしげた。
この学園には食堂があり、そちらで済ませる生徒がほとんどなのだが、売店でパンを買う事も出来る。
しかしここは、旧校舎周辺だ。

「売店…全然方向が違うけど」
「そうなんですか?前にもこの場所に来た様な気がするんですよね、何処かで間違ったのかな」

同じく首をかしげ呟く彼女を暫く見つめていたが、瑠花が思うに、彼女は酷い方向音痴なのだろう。
この学園は広いと思うが、売店に行くのに、この石畳の向こう側に辿り着くなんて普通あり得ない。

「一年生よね?きっと、教室を出た時点で方向を間違ったのね」
「え、そうかな?そうなんですか?」

信じられないと言わんばかりの表情。
…無自覚な方向音痴だ。
瑠花は思わず笑ってしまった。

「あ、先輩笑ってる、私は真面目に話してるのに!」
「ふふ、ごめんなさい。売店まで案内するよ」

「え、いいんですか?」と、怒っていたのがガラリと変わり、今度は笑顔になった。

石畳の崩れはひょっとして…と思ったが、まあ、置いておいて。
フェンスの破損も追加になった。
今後、よじ登るのはやめるようにちゃんと話しておこう。

「センパイ?」
「ああ、早くしないと昼休み終わっちゃうね。まずはフェンスのこちら側に来る方法を教えるよ」







つづく!

〜瑠花の場合〜始めました。
長くなりすぎないように(笑)
無自覚な方向音痴。某忍者漫画…好き。

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ