10/29の日記

16:21
百合花学園〜瑠花の場合 2〜
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「ああ、あの石畳とフェンスの件?」
「はい。決裁が下りました」
「早かったね…修理の他に、道標立てるんだったか」
「小さい物ですけど。あの場に合ったものを」
「良かったんじゃない?あの辺りは初めて行くと迷いやすいし…瑠花、何か嬉しそうだね」
「そ、そうですか?まあ…怪我人を出さずにすみますから」

神代先輩に報告を済ませ、そそくさと自分の席に戻る。
あの場所で怪我人なんて、普通に考えれば滅多にいないのだが…神代先輩も一瞬首をかしげたが、もう気にしていないようだ。


あのフェンス事件の後も、瑠花はうさぎの彼女に数回遭遇していた。
いずれも校舎の中だったが、やっぱりと言って良いのか、目的地に辿り着かずにいる場面で。

これはもはや…特技。
友人と一緒の時は良いのだが、一人で移動となると能力を発揮する。
本人は迷った自覚はないので、なぜ着かないのかが不思議だろう。
瑠花は無意識に彼女の姿を探している様で、友人から「キョロキョロしてどうしたの」と言われる始末。

…彼女はというと。
瑠花に出会うと、毎回イチから説明しなくてもすんなり目的地に辿り着ける…という風に、安心しきった様な表情を見せるようになった。



「副会長センパイ!」
「あら、今から何処にいくの?」
「音楽室です」
「そう。ずいぶん遠回りしたね」

そうですか?と首をかしげる彼女を連れ、音楽室まで歩く少しの時間。
瑠花は、自分が楽しんでいることに気が付いていた。
学年が違うと、すれ違う事すらない日がほとんどだ。
毎日でも顔を見たいと思うのは、彼女に恋をしているのだろうか。
それとも、神代先輩が言うように、危なっかしい彼女を見守りたいという、母親か姉の様な気持ちなのか。

もう少し、話をして確かめたい。
そう思い始めた頃。

「センパイ、今日のお昼ごはん、一緒に食べても良いですか?」
「え?」
「いつもお世話になってるから…私がデザート奢ります!」

絶対ですよ…と、瑠花をじっと見上げて彼女が言うので、瑠花は嬉しさを感じつつ、教室に迎えに行くので待っているよう念を押した。



食堂で出される日替わりランチは、基本的に支払いは要らない。
飲み物やデザートの追加分は自費となる。
二人とも、同じ苺のタルトケーキを選び、窓際の一番端の席に座った。

席についても、なんとなく周りから視線を感じる。
瑠花が一年生の教室に迎えに行った時からずっとだ。
まあ、副会長という立場で、それなりにモテる瑠花が直々に迎えに行くという相手に、皆、興味津々なのだろう。
食堂に辿り着く前に昼休みが終わってしまう事がない様にしたまでなのだが。

「遠慮なく頂くね」
「はい!副会長センパイへの感謝の気持ちですから」
「感謝と言われる程の事は…」

後輩に奢らせている状況だし。

「いつも気にかけてもらって。授業に遅れる事が減りました」
「それはなにより。まあ…気にかけてはいるかな。あ、瑠花でいいよ」
「えっ、おそれ多い…」
「はは、なにそれ……っと、」

ふと、瑠花の動きが止まる。
…そういえば、忘れていた。
今まで、頭の中で勝手に「うさぎ」と呼んでいたから。

「どうしました?」
「…名前」
「え?」
「名前、何て言うの?」
「ああ、言ってませんでしたっけ…環(たまき)です」
「環ちゃんか」

そうかそうか。名前が分かって嬉しい。
瑠花は心の中で素直に思っていた。

「環で良いです。ちゃんは要りません」
「…そう?」
「皆にもそう言うんです。女の子みたいに呼ばれるの嫌で」
「女の子…らしいのが嫌なの?」
「はい」

少しむくれた様に話す環は、小柄で、ふわふわとした髪の可愛らしい女の子…に見える。
目の前のタルトケーキが良く似合う。
フェンスを飛び越えようとした位だ、身が軽く運動神経は良いのだろう。
体育の授業で、環が走る姿を見かけた時は、美しいと暫く見つめてしまったが、何かスポーツに打ち込んでいる様子はない。

「どうしてか聞いていい?」
「良いですよ、別に隠してる訳じゃないし」

タルトの最後の一口を放り込み、環は話し始める。

「私、兄が二人居るんです」
「へえ?」
「それも、どちらも出来の良いイケメンで」

勉強も出来るし運動神経も良いし人当たりも良くて…と話す環の眉間には皺が寄っている。

「自慢の兄なんですけど」

…言葉と皺が合っていない様だが。

「母親を幼い頃に亡くしたので、これまた出来の良い父と兄が大事に育ててくれたんです」
「…そうだったの」
「だから私も、父や兄みたいに格好良い人になりたくて」
「素敵なご家族なのね」
「そうなんです…私に女の子らしくって願う以外は、ですね」

女の子ばかりの中で生活していたら、そうなるだろうという願いを持って、この学園に送り出したのだろう。
寮生活なので、毎日無事に登校出来る…との考えも少しだけあったと思うが。

「私は…可愛らしい環も、元気いっぱいな環もどっちも良いと思うけど。自然で居られる方で」
「副……瑠花センパイは、いつも凛としてて格好いいです」
「そう?」
「また時間があれば…こうして会えますか?」
「もちろん。今度は私がご馳走する」

両手を上げて喜ぶ環は、可愛らしい女の子だった。






つづく!

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