伍
□一人
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どうでもいいや。
なんでもいいや。
どっちでもいいや。
「うまそうな娘だなぁ。」
後ろから聞こえた、この世のものとは思えないような歪な声に、娘は振り向いた。
「………………………何、妖怪?あんた、」
怪訝な顔をしてその気持ちの悪い物体を見上げる娘。
怖いものなど何も無い。
どうでもいいもの。
私?私は、名無しさんって名前。一応、名前はあるけれど、それさえも何かもうあってもなくてもどっちでもいいや。
「なんだぁ、お前。俺が怖くないのか?」
「ねぇ、聞いてんの、あんた、妖怪?」
「俺は鬼だ。知らないのか?」
「そう、鬼ね。で、私をどうするつもり?うまそうだなって言ったけど、食べるの?」
「…お前、変わった奴だな。」
「よく言われる。」
「今からお前を食べるが、最後に言いたいことがあるなら聞いてやってもいいぞ。」
「別に?無いよ。さ、食べるならさっさとしたら?ほら。」
娘は、後ろの鬼と向かい合うように座り直し、目を瞑った。
鬼が娘に近付いて、口の端から涎を垂らす巨大な口を開けて、噛み付こうとした瞬間だった。
娘の周りを、体験したことの無いようなもの凄い暴風が吹き抜けた。
「きゃぁっ!???」
娘は、砂埃舞うその風の中で、反射的に左腕で顔を覆い隠して、一瞬だけ開いた目をすぐにぎゅっと瞑った。
次第に風が緩やかになる。
「おい、お前。怪我は無いか?」
「え?私?」
娘は、目を開けて腕を下げた。
目の前に、刀を右手に持った細身の男がこちらを向いて立っていた。顔も身体も傷だらけなのが、月明かりでも見えた。
「…………………無いよ。」
一応、聞かれたことに答えた娘。しかし、何故か不機嫌そうに男から視線を外し、横を向いた。
「そうか、」
実弥は、担当地区の巡回中に、鬼と喋っている娘を見付けた。すぐにでも斬りかかるつもりだったが、何故か娘は怖がりもせず逃げることもしない。そのうち鬼は口を開けて娘に食い付いて行きそうになったため、慌てて走って、首を斬った。
淡々と短い会話しかしない娘の無事を確認したので、実弥はその場を去ろうと少し脚を進めたところで、立ち止まった。
そして、振り返った。
娘は、さっき居たところにまだ座っている。ボーッと前を向いたまま、動く気配も無い。
「はぁ…………、」
実弥は溜息を吐き、踵を返して娘の元へ戻った。そして、娘の前に倒れている大木に腰を下ろした。
「おい、お前。何なんだァ?同じ場所に居たらまた鬼が来ることくらい分からねェのかぁ?」
また自分の前に戻ってきたさっき別れたはずの青年に、視線を向ける娘。
「…………………あんた、誰?」
先程、鬼にしたのと同じ質問をする娘。
助けてもらった、という感覚はどうやら無いらしい。実弥も、それはたいして気にしていなかった。
「俺は鬼狩りだ。何だ、お前は鬼が怖くないのか?」
先程、鬼が娘にしたのと同じ質問をする実弥。
「はぁ、………」
それを聞いてめんどくさそうに溜息を吐いた娘。
「あァ?溜息とはいい度胸だな。」
「だって、どーでもいいんだもん。」
「何が?」
「……全部、ぜーんぶ。」
「…………………」
「生きることも、死ぬことも。」
「……………………………」
実弥は、目の前の娘の顔を睨むようにして見つめていた。
「お前、名前は?」
「名無しさん。」
「俺は実弥。名無しさん、ついて来い。」
実弥は立ち上がると、名無しさんの手首を掴み引っ張りあげた。
「ちょっと!何するのよ!」
名無しさんは掴まれた手首を振り払おうとしたが、それはかなわなかった。実弥が、そのまま手をぎゅっと握ってきたからだ。
「は?全部どうでもいいんだろォ。なら、俺が人生変えてやる。」
「え?」
実弥は、名無しさんの手を引き歩き出した。
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