□一人
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どうでもいいや。




なんでもいいや。




どっちでもいいや。



























「うまそうな娘だなぁ。」




後ろから聞こえた、この世のものとは思えないような歪な声に、娘は振り向いた。




「………………………何、妖怪?あんた、」




怪訝な顔をしてその気持ちの悪い物体を見上げる娘。





















怖いものなど何も無い。




どうでもいいもの。








私?私は、名無しさんって名前。一応、名前はあるけれど、それさえも何かもうあってもなくてもどっちでもいいや。


















「なんだぁ、お前。俺が怖くないのか?」




「ねぇ、聞いてんの、あんた、妖怪?」




「俺は鬼だ。知らないのか?」




「そう、鬼ね。で、私をどうするつもり?うまそうだなって言ったけど、食べるの?」




「…お前、変わった奴だな。」




「よく言われる。」




「今からお前を食べるが、最後に言いたいことがあるなら聞いてやってもいいぞ。」




「別に?無いよ。さ、食べるならさっさとしたら?ほら。」












娘は、後ろの鬼と向かい合うように座り直し、目を瞑った。




鬼が娘に近付いて、口の端から涎を垂らす巨大な口を開けて、噛み付こうとした瞬間だった。




娘の周りを、体験したことの無いようなもの凄い暴風が吹き抜けた。








「きゃぁっ!???」








娘は、砂埃舞うその風の中で、反射的に左腕で顔を覆い隠して、一瞬だけ開いた目をすぐにぎゅっと瞑った。















次第に風が緩やかになる。
















「おい、お前。怪我は無いか?」










「え?私?」




娘は、目を開けて腕を下げた。



目の前に、刀を右手に持った細身の男がこちらを向いて立っていた。顔も身体も傷だらけなのが、月明かりでも見えた。








「…………………無いよ。」







一応、聞かれたことに答えた娘。しかし、何故か不機嫌そうに男から視線を外し、横を向いた。



「そうか、」










実弥は、担当地区の巡回中に、鬼と喋っている娘を見付けた。すぐにでも斬りかかるつもりだったが、何故か娘は怖がりもせず逃げることもしない。そのうち鬼は口を開けて娘に食い付いて行きそうになったため、慌てて走って、首を斬った。



淡々と短い会話しかしない娘の無事を確認したので、実弥はその場を去ろうと少し脚を進めたところで、立ち止まった。



そして、振り返った。















娘は、さっき居たところにまだ座っている。ボーッと前を向いたまま、動く気配も無い。











「はぁ…………、」









実弥は溜息を吐き、踵を返して娘の元へ戻った。そして、娘の前に倒れている大木に腰を下ろした。






「おい、お前。何なんだァ?同じ場所に居たらまた鬼が来ることくらい分からねェのかぁ?」






また自分の前に戻ってきたさっき別れたはずの青年に、視線を向ける娘。






「…………………あんた、誰?」






先程、鬼にしたのと同じ質問をする娘。



助けてもらった、という感覚はどうやら無いらしい。実弥も、それはたいして気にしていなかった。







「俺は鬼狩りだ。何だ、お前は鬼が怖くないのか?」




先程、鬼が娘にしたのと同じ質問をする実弥。




「はぁ、………」




それを聞いてめんどくさそうに溜息を吐いた娘。




「あァ?溜息とはいい度胸だな。」




「だって、どーでもいいんだもん。」




「何が?」




「……全部、ぜーんぶ。」




「…………………」




「生きることも、死ぬことも。」




「……………………………」





実弥は、目の前の娘の顔を睨むようにして見つめていた。






















「お前、名前は?」




「名無しさん。」




「俺は実弥。名無しさん、ついて来い。」




実弥は立ち上がると、名無しさんの手首を掴み引っ張りあげた。




「ちょっと!何するのよ!」




名無しさんは掴まれた手首を振り払おうとしたが、それはかなわなかった。実弥が、そのまま手をぎゅっと握ってきたからだ。




「は?全部どうでもいいんだろォ。なら、俺が人生変えてやる。」



「え?」









実弥は、名無しさんの手を引き歩き出した。





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