□明ける夜
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今度は自分から絡めにいった手。だったが、握れなかった。勇気がなかった。実弥の左手の小指の先を少しだけ握ってみた。



実弥は、前を向いて歩きながら、左手に触れてきた名無しさんの指に気付いて、するすると自分の指を絡めた。




「………、、」




照れて下を向いた名無しさん。今度は、ちゃんと、手を繋いで歩いた。
















「名無しさんは、何であんなとこでボーッとしてたんだァ?こんな夜中に女が一人、危ないだろォ。」





「…………………」




名無しさんは俯いた。























「……家出。」




「あ?」




実弥は立ち止まって左隣を見る。名無しさんは俯いていて、顔が見えない。





















色々汲み取ったのか、実弥は再び前を向いて歩き出した。何せ年上の人生経験は役に立つらしい。










「…………実弥は、侍なの?コレ……、」




名無しさんは、実弥の左腰に携えてある刀に目を遣った。




「侍じゃねェ。ただの鬼狩りだ。人は斬らねぇぞ。」




「…鬼って、ほんとにいたんだね。」




「お前……………、」























「何故あんなに冷静に鬼に命あげようとした?」




実弥は、また立ち止まって、今度は怒っているような鋭い目付きで名無しさんの目を見た。




「…だってどうでもいいんだもん、この命なんて。どうせ消えて無くなるなら、欲しがってるやつに」「それ以上言うんじゃねぇッ!!!!!」




無表情で淡々と言葉を連ねる名無しさんに、実弥は怒鳴り声をあげた。切れ長の目が名無しさんを痛い程に射抜く。




「鬼に命あげるなんざ何が何でもするな!!絶対にだ!絶対にだ、分かったか?約束しろ。」




「はい…。」




いきなり怒鳴られてビクッと肩を竦めて硬直した名無しさんだったが、それよりも、今実弥が怒鳴ったと同時にキツく握り締められた右手が気になって仕方なかった。離さない、とでもいうような強さだから。













それからは二人共無言だった。ただ、月明かりが二人の姿を照らして、影が二つ伸びているだけだった。





























「此処だ。」




二人で目の前の家屋を見上げる。




「…………大きすぎじゃない?」




「あ?文句あっか?」




「いえ、文句ではなくて……。すみません。」




実弥は木でできた外門に手をかけ、ギーッと軋む音を立てて開くと、名無しさんを引っ張って中へ入り、閉めた。









御影石を踏む。















「風柱様!おかえりなさいませ!」




突然現れた黒装束の男に、名無しさんはびっくりして実弥の身体に隠れるようにして縮こまった。しかし、すぐに違和感に気付く。




「か、風柱様?」




名無しさんは何のことだか分からず、実弥を見上げた。




「あぁ、ただいま。今日からコイツが居るから、良くしてやってくれよなァ。」




「……??はい!かしこまりました!」




顔を布で隠している黒装束の男は、実弥の身体に隠れている小柄な女をチラッと見ると、誰だか一瞬不思議には思ったものの、すぐに頷いて返事をした。









それだけ会話すると、実弥はスタスタと玄関へと向かい、扉を開けた。




「ほら、入れェ。」




「ぁ、お邪魔します…」




「そうじゃねぇ。」




「え?」





「ただいま、だろ。」




「……………………」




名無しさんは、突然のことに暫し目をパチパチと瞬かせていたが、次第に涙目になって実弥を見上げた。




実弥は、泣きそうになっている名無しさんを見て焦ったが、自分が言葉を発する前に名無しさんが喋ったので、その声は喉の奥で消えた。













「ただいま…っ……!」









ついには右目からポトッと一粒だけ雫を零した名無しさん。しかし、実弥から目は逸らさなかった。二人は、見つめ合っていた。



実弥は、名無しさんの涙の理由が何となく分かった気がして、繋いでいない方の手でそっと名無しさんの頭をぽんぽんと叩いた。そして、笑った。









「おかえり。」





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