□消えた
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「実弥ぃ……」




「どうし…」




実は強烈な睡魔と戦っていた名無しさんは、実弥のことが少し知れてホッとして、心の糸の絡まりが解けた。そして、それは襲いかかるように途端に名無しさんの頭と瞼を重力で引っ張った。









コテッ












「は?…おい!どうした!!名無しさん!?」




いきなり自分の太ももに倒れてきた名無しさんの頭に驚き、慌ててその身体を揺さぶる実弥。しかし、すぐに落ち着いて、よーく見てみた。名無しさんの顔を。











「………………………寝てやがる。」












スヤスヤと、自分の太ももの上で寝息を立ててゆっくりと肩を上下させる名無しさん。一晩で色んなことが起こりすぎて、今、緊張が解けたのだ。




顔の横に添えられた左手は、実弥の隊服をきゅっと握り締めていた。





「人の脚の上で………まったく。起きたら玄関の掃除させるぞこらァ。」




フフッと柔らかく微笑んだ実弥は、その傷だらけの手で、名無しさんの頭を優しく撫でた。




穏やかな名無しさんの顔を見ていると、…自然と引き寄せられていた。




少し茶色がかった名無しさんの髪に、触れるだけの口付けを落とした。




我に返ってハッとした実弥だったが、今自分がしたことの意味を、何となく知っていた気がした。












雀の鳴き声がたまにする穏やかな昼下がり、実弥はずっと名無しさんの頭を撫でて顔を見つめていた。




しかし、そんな時間も長くは続かない。庭から実弥の隠がやってきて、甘露寺の任務を言い渡してきた。




名残惜しくて離れたくなかった実弥は、なかなか腰を上げなかった。手を止めなかった。けれど、行かなければならないから。




起こさないように身を捩って名無しさんを畳の上に寝かせ、上から軽い掛け布をかぶせて、背中を向けた。

















はずだった。
















そのまま、行けなかった。














振り返った実弥は、畳に片膝を着いてしゃがむと、頭を一撫でしながら、今度は自分の意思でしっかりと名無しさんの頬に口付けを落とした。




「行ってくる。」







そして、実弥は、家を出た。



































「この野郎…ッ…!ウロチョロしやがって…!」




実弥は、森の中で、稀に出会う強力な2匹の鬼と闘っていた。二匹は双子らしく、全く正反対の動きをし、正反対の方向へ逃げて行く。




苦戦していた。あの、風柱が。




風はもちろん実弥の味方をしていてくれたが、実弥は人間。そんなに長時間走り回って飛び回って闘い続けるのは、困難だった。




段々と体力を奪われていく実弥。普段鍛えているからいいものの、普通の人間ならとうの昔に喰われている。















「俺様をなめんじゃねぇ雑魚共がァ!!!」




実弥は風を操り、少しずつだが双子の距離を近付けていき、影が一つに重なる瞬間を待っていた。




実弥の日輪刀は、二つの首を、同時に斬った。













粉々になって散って消えていく鬼。睨みながらそれを見る実弥。もう、力が残っていなかった。名無しさんを見ていたから。昨夜から一睡もしていないことにさっき気付いた。




「あー……、」




フラフラと歩いて近くの大きな木に寄りかかりながら座り込んでしまった。




「おい!爽籟!」










「何ダァ!サネミ!」




「何だじゃねェ!御館様に報告してこい!じゃねぇと飯やらねぇからな!」




「キチクー!サネミ、キチクー!」




鬼畜だと叫びながら急いで頭上から飛んで行った実弥の鎹烏・爽籟。










「うるせェ…」




顔を顰めて爽籟の飛んで行った方向を見上げる実弥。しかし、暫く動けそうになかった。烏も居ないのに、珍しく脱力してしまっていた。



























「ん…………?」



名無しさんは、目が覚めて起き上がった。此処はどこだと辺りをキョロキョロと見回して、眠る前の記憶を辿って実弥の家だったと思い出した。







「さねみ……………?どこ??」




寝て起きたら姿がない実弥を探して、不安げに実弥を呼ぶ名無しさん。だが、そこに実弥は居ない。











「実弥っ…!!!」



名無しさんは家を飛び出した。





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