□惚
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実弥は、力を抜いて少しだけ身体を離した。後頭部に回していた右手で、名無しさんの髪の毛をそっと撫でる。



安心していつの間にか止まっていた涙。しかし、名無しさんの目にはまだ雫が残っている。実弥は、そんな名無しさんの瞳を正面から真っ直ぐ見た。



至近距離すぎる…。名無しさんは、ドキマギして、心臓の鼓動が速くなったのを感じた。













「名無しさん。」








「え?」






























「……口付けをしてもいいか、」



















「…………………………」




名無しさんは意味が分からず、実弥の目を見たまま全く動けなかった。






次に動けた時には、情けない声だったと思う、喉の奥からやっとの思いで出した声だった。












「……な、何で…??」























「好きだからに決まってんだろ。」















目をパチパチと瞬きする名無しさん。








「え、え、ちょ、ど…どこでそうなった!?えっ!?は!?」








「…何だよォ。」







実弥は不機嫌そうに目に力を入れて細めた。




慌てる名無しさんは、抱き着いていた両手を離し、実弥から距離をとろうと後ろに下がろうとしていた。




そんなの実弥は許さないのに。




「何離れようとしてんだよ。」




実弥は両腕に力を込めて、名無しさんの身体を自分の方に戻した。




名無しさんはとりあえず話をしたくて、実弥のやりたいままのその体勢で喋り始めた。












「いや、まず、…まだ出会って二日…、なんですけれども…」













「あー、…一目惚れした」











「はっ!??どこが!?いいのっ!?いや…、え?意味が、分からない…」












「なんか、守りたくなんだよ、お前…」














「………………………、」











「で、名無しさんは、俺のこと、どう思ってんだァ?」




「いや、ちょ、待って。だから、まだ出会って二日、分からないよそんなの…!」












「そうか、そうだよなァ、…」





実弥は、視線を下に向けて抱き留めていた腕を離した。








「え、っと……………、なんか、ごめん…」




「謝るな。待つから、…待つから…、返事絶対聞かせろよなぁ。」




「あ、うん。それは、…します。」













「…帰るか。」








「…うん。」









微妙な空気のまま、二人は歩き出した。





実弥は真っ直ぐと前を向いていたが、名無しさんは、ずっと足元を見ていた。



























「この家にあるもん、好きに使っていいから。」




「え、え?あ、ありがとうございます…。」




「俺は隣の部屋に居るから。じゃあな、おやすみ。」




「あ、うん、おやすみなさい。」















実弥の屋敷に戻ってきた二人は、実弥に促され、先に名無しさんが湯浴みをさせてもらった。何故か、名無しさん用に空けてもらっている部屋に女性物の浴衣が置いてあり、名無しさんは、実弥は魔法でも使えるのかとびっくりした。




全ては隠に話を通していた実弥の優しさだった。
























もう、夜明けも近い時間帯だが、布団を敷いて潜り込む名無しさん。




眠れるわけがなかった。




すぐに返してあげられなかった、実弥とは違う今のこの気持ち。実弥の切なそうな顔が、頭から離れなかった。




名無しさんは、実弥の部屋の襖の方へ顔を向けた。




「……………………………」




ジッと見つめてみるも、物音一つしない。もう、寝たのだろうか。




名無しさんは、身体ごと実弥の部屋の方を向いて、目を閉じた。
























「………………………」




やっちまった、と、心の中で後悔を繰り返していた実弥。急ぎすぎた。




眠れるわけがなかった。




名無しさんの居る部屋の襖をジッと見つめてみる。




実弥は、任務の疲れもあってか、布団の中で今日の名無しさんのことを考えながら、いつの間にか眠ってしまっていた。





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