伍
□隙間
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まだ数時間しか経ってはいないが、もう、完全に陽が昇っていた。名無しさんは障子から感じる太陽の光に目が覚めた。
何だか、気分がすぐれない。
しかし、此処は人の家。家事くらいしないといけないと、直ぐに立ち上がった。
一体自分はいつまで此処に居るつもりなんだろう。それすら分からなかった。実弥はいつまで此処に居させてくれるのだろう。それは、もっと分からなかった…。
「はよ、」
「あ、おはよう。」
せめて朝食を作ろうと台所へ向かった名無しさんの目に写ったのは、誰か知らない女の人が調理場で料理を作っていた光景だった。
名無しさんは、この女の人は実弥の恋人だろうか、とか、実弥は色んな人に恋の気持ちを言っているのだろうか、とか、考えて立ちつくしていた。
後ろから掛けられた声。振り向くと、まだ眠そうに目を半分くらいしか開けていない実弥が居た。
実弥は、調理場で料理をしている女の人にさも当たり前のように近付いて行った。そして、何か話していたと思ったら、こっちに戻ってきた。
「朝飯食おうぜェ。沙栄子が作ってくれたからよォ。」
「え、いいの?私…食べても?」
「あァ?当たり前だろーが。食わねーと元気出ねぇぞ。」
チラッと自分を見た実弥と目が合ったのは、一瞬だった。
ーーーーこの女の人、沙栄子さんって言うんだ。呼び捨てだ。ー
実弥の恋人で、間違いないだろう。名無しさんは、ズキッと胸が痛んで、苦しくなった。それが何故なのか、この時の名無しさんには、まだ分からなかった。
沙栄子さんが作ってくれた朝食は、とてもとても美味しかった。
私が作らなくてよかった、と、隣で満足そうに完食した実弥を見て、少し悲しくなった。
「そうだ、名無しさん。」
「ん?」
箸を置いて両手を合わせ「ご馳走様」を口にした実弥に、実弥はこういう所きちんとしているんだ、と、名無しさんは少しだけびっくりした。何だか、実弥の一面を知れて嬉しかった。
「甘いもんは好きかァ?」
「え?うん、好きだよ?」
「なら、俺の気に入りの店があんだ。後で行くかァ?」
実弥の方を向いて瞬きの回数を増やす名無しさん。なぜ、実弥に甘いものを食べに行こうと誘われたのか、よく分からない。実弥は甘いものが好きなのだろうか。それは無いだろう、気を遣ってくれてるのだろうか、と、名無しさんは色々考えていた。
「うん!久しぶりに、甘いもの食べたかったの!ありがとう!」
一人で考え込んでも答えが出ない名無しさんだが、すぐに実弥に話し掛けられて現実に戻された。
「それじゃあ、俺は今から稽古に行ってくっから。留守番してろぉ。」
食器を持って立ち上がりながらチラッと名無しさんを見た実弥と、目が合った。慌てて一緒に立ち上がって食器を持った名無しさんは、そうか、鬼狩りで実弥は忙しいんだ、と、思い出した。
「稽古?剣の?」
「あぁ。留守番できっか?」
「お留守番はできるけど………、私に何かできること、無い?お掃除とか、お洗濯とか。」
「あー…、洗濯はもう陽が昇る前に沙栄子がしてっから、掃除…、…俺の部屋掃除してもらえるかァ?勝手に入っていいから。」
「あ………沙栄子さん…、。うん、分かった。実弥の部屋、お掃除するね!」
「おー。頼んだぜェ。」
名無しさんは、実弥の口から"沙栄子"の名前が出る度、何故か胸が苦しくなるのを感じた。
実弥が稽古に行くのを外門まで見送りに出た名無しさんは、実弥の背中が見えなくなるまで見つめていた。
「沙栄子さんって、実弥の恋人だよね、きっと………」
名無しさんは独り言を言いながら、実弥の部屋の畳を網目に沿って拭いていた。しかし、すぐに手が止まる。そして我に返る。それを繰り返していた。
ーーーー実弥の部屋、剣の道具ばかりだなぁ。よっぽど大事にしてるんだろうな、あの剣。ー
途中、顔を上げて部屋の中を見回せば、実弥らしい男らしい物しか置いていないことに、名無しさんは何故か心が落ち着いた。
ーーーーうん、私の知っている実弥は、これだ。ー
名無しさんは余す所なく隅々まで掃除をし、道具も洗い終えると、玄関へ向かった。
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