□甘い
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「お前、こんなとこで何突っ立ってんだ?」




「あ、実弥。おかえり。」




「ただいま。」




沙栄子が一瞬で消えたことに驚いて玄関から動けなかった名無しさんの前に、帰ってきた実弥が不思議そうに声を掛けながら現れた。




「何かあったのか?」





「あ!えっとね、沙栄子さんとお話ししてたの。」




実弥がちゃんと帰って来たことに安心して、ホッと胸を撫で下ろした自分に、名無しさんは心の中で疑問を浮かべていた。













ーーーー…なんで、今、安心したんだろう?ー












「へー、沙栄子とか。仲良くなったかァ?」




僅かに笑う実弥。名無しさんは、知り合いがまた一人増えたことと、たくさんの情報を得たことで、少しだけ興奮して早口になっていた。




「うんっ!沙栄子さん、素敵な人だね。忍者って本当に居たんだね!」





「忍者?」








あー…なるほど、と、妙に納得した様子の実弥に、名無しさんは何か変なことでも言ったのかと不思議そうに首を傾げていた。












「行くかァ?甘いもん食いに。」




「あ、待って!お金持ってくる!」




「いらねぇよ、俺が出すから。」




「え?意味分かんないよ。自分の分は、自分で払うのが当たり前じゃない?」




また首を傾けて目をパチパチさせる名無しさん。そんな名無しさんに、実弥はフッと笑顔を浮かべた。





ーーーーコイツ、男慣れしてねェ。ー








「さっさと行くぞォ。」




いきなり名無しさんの右手を引っ張って歩き出す実弥に、名無しさんは慌てふためき立ち止まり手を引っ込めようとした。







が、それでも実弥は引っ張って行く。







「待ってよ!玄関閉めてないよ!?」





「あー、それこそ忍者が居るから大丈夫だァ。」




先程の名無しさんの可愛い言葉に、ニヤニヤとした笑みが止まらない実弥。





「わ〜もう!何なの、実弥って!誰なのー!」




「うるせェなぁ。俺は、俺だ。」




会話になっているようないないような二人の間を、穏やかな風が吹き抜けた。

































『甘味処』








「…………………………」








いや、"甘いもの"とは言った、うん。でも、甘味処…。名無しさんは、時間帯的にも女子で賑わう目の前のお店に、唖然としていた。




実弥は、さも当然のごとく、外の長椅子に腰を下ろした。




「おい、名無しさん。何突っ立ってんだァ、座れ。」




「あ、うん。」




実弥に声を掛けられて慌てて座った名無しさん。








ーーーー…近い!ー









すぐ隣に実弥が居る。どうしてこんなに焦っているのだろう。名無しさんは、自分で自分が分からなくなっていた。









「名無しさん、甘いもの食べたいって言ってたよなァ。何が好きなんだ?」




「おはぎ!」





「………………」





「え?」





「あー…その、………俺もおはぎが一番好きなんだ。」











「!??」




予想もしていなかった実弥の好物に、名無しさんは本日何度目か分からない驚愕をして目を見開いた。




「実弥っ、おはぎ食べるの!」




「あァ?食べちゃいけねぇのかよ?」




「いや、そうじゃなくて!…」




怒らせてしまっただろうか、隣で不機嫌そうに顔を顰める実弥に、名無しさんはすぐに頭を左右に振って否定の意を表した。




「………おはぎが一番好きなんだね。一緒だね。」




隣で穏やかに名無しさんが言った"一緒"という言葉に、実弥は過剰に反応した。見た目は落ち着いていたが、心臓はドキドキと速く動いていた。
















お喋りしていると、通りかかった売り子に気付いて手を挙げた実弥。きちんと私の分まで注文してくれた。












合わせて、おはぎ、二十個も。









「えっ!?」と、聞き間違いかとびっくりした売り子に「俺達の好物なんだよォ。」と、恥ずかしそうに言う実弥が、何だか可愛かった。












暫くして運ばれてきたおはぎ二十個は、お皿五枚分もあった。



実弥は何ともなしに手を合わせるから、名無しさんも一緒に、二人で口を揃えて言った。




「「いただきます。」」





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