□助けて
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『おねえちゃん』


















この単語で全てを理解した実弥。




全員を睨みながら、実弥は名無しさんの前に立った。








「おい、あんたら。黙って聞いてりゃ…この世の生きものとは思えねぇような台詞ばっか吐きやがって。」




「ははは!男かぁ!やっぱりな!こいつは、汚らしい尻軽女だったんだな!あははは!」




父親と思われる大柄な男が、手を叩いて大声で笑い出した。




「だからこいつは色街が合ってるってあれほど真剣に考えてやったのにね?人を侮辱するような行動とって地獄に堕ちるべきよね?もらってきてあげた私達が、こいつに汚されたわ。」




「さいてーだな!お前、早く色んな男に股開いて腰振って喜べよ、おら!!」







馬に乗った男が、名無しさんに向かって馬用の鞭を振り上げてきた。













バチンッ!!!!!






















それを受け止めたのは、実弥だった。















「ふざけんじゃねぇぞ……。」




地の底から響くような怒りを含んだ声が、辺りを震わせた。














「…地獄に堕ちるべきなのはてめぇらの方じゃねえかッ!名無しさんを人間扱いしたことあっか?こいつは、尻軽女なんかじゃねぇ!!!誰よりもどいつよりも綺麗な心を持ってんだ!!!」





「さ、実弥っ!もういいから…っ!」





よくねぇ!!!俺の後ろにいろ!、実弥は、名無しさんにだけ聞こえる声で言った。自分の服を引っ張ってくる名無しさんの手を、その傷だらけの実弥だけの手で握った。



こんなに怒っているのに、名無しさんには、優しい声だった。優しい、手の力だった。




「どの口が言ってるんだ?よくよく見てみれば、柄悪いな、お前。この男、刀は差しているし傷だらけだし、そうかヤクザか!だろうな、こいつの連れだもんな!お似合いだぜ!!」




馬に乗った男も大笑いし始めた。




「私はいいから…分かってるから!けれど、この人のこと悪く言ったら、死ぬまで許さないからっ!!!」




そこで名無しさんは初めて兄と目を合わせた。怒号の声だった。




先程の実弥の言葉に、ついに涙が溢れ出てきてしまった名無しさん。ボタボタと音を立ててとめどなく零れ落ちる。




家族、だと思っていた人達と、実弥は、まだ何か言い合っているけれど、名無しさんは、もう、聞こえていなかった。



自分の手を優しく握っていてくれて、自分のために声を張り上げて怒ってくれて、自分のために盾になってくれて、そんな実弥の横顔を、涙越しに見ることしか出来なかった。




























グイッ






握られていた手を引かれて、名無しさんはよろけそうになりながらも我に返って脚を動かした。








実弥の銀色の髪の後頭部しか見えない。









もう、何だってよかった。何処へ行くのでもよかった。



この人なら。実弥、なら。信じられるから。














知っている道。



知っている景色。















知っている、家。




実弥の、家。










帰ってきたんだ。











「…大丈夫か、」




午前中、自分がピカピカに掃除した、実弥の部屋だった。




振り向いた実弥は、まだ、手を握っていてくれている。




「あ…うん、…」




いつの間にか止まっていた、涙。あんなに溢れていたのに、どうやって止まったのだろう。気付かなかった。




実弥の目は、見れなかった。




自分の過去を、一番秘密にしていたかった黒いものを、











大好きな人に知られてしまったから。













名無しさんはもう、喋ることも出来なかった。ただ、俯いて、自分が磨いた畳を見ていた。













ふわっ














あぁ、これ、知っている。












実弥の腕の中だ。













温かい。











名無しさんは、目を閉じた。




止まったはずの涙が、また溢れてきて、その頬を滑り落ちていった。












どうしよう。どうしよう。











幻滅されたに違いない。









もう、ぐちゃぐちゃだ。












名無しさんは、夢か現実か分からなくなって、そこで意識が途切れた。





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