伍
□なりたい
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ゆらゆらゆら。
ふわふわふわ。
深い海の中に沈んで泳いでいる感じ…。
んー…。何だか、頭が痛いな。それに、目蓋も重い。
きっと今の私は、醜い姿なんだろうな。
あれ?でも、温かい。海って、こんなに温かいっけ?違うよね。何でだろう?
それに、優しい音が聞こえる…。ずっと聞いていたいな。
あぁ、身も心も、全部温かいな……。
ゆっくりと目蓋を開ければ、目の前に実弥の顔があった。
泣き疲れたのか、驚いたけれど飛び起きはしなかった。
ーーーーあぁ、温かかったのは、実弥が抱き締めていてくれていたからか…ー
ーーーーん?待てよ。"実弥"って、誰だっけ?本当に、居る人だっけ?分からないや…ー
「…目ぇ覚めたか。」
実弥は、自分の左腕に名無しさんの頭を乗せ、右手で頭を撫でながら、名無しさんの顔をずっと見ていた。
意識を失った名無しさんを瞬時に抱き留め、近くで護衛をしている隠を呼んで布団を敷かせた。
「…………………………」
ーーーー誰だっけ、この人…、………実弥?ー
曖昧な記憶の中で、まだゆらゆらと海の中を泳いでいる感覚の名無しさんの左頬を、実弥の指が撫でてきた。
ーーーー温かいなぁ…。今って私、起きてるの……?でも、また眠くなってきちゃった…。ー
ゆっくりと目蓋を動かしていた名無しさんが再び目を閉じると、前から、心地良い柔らかな声が聞こえてきた。
「また寝るのかよォ。」
だんだんと輪郭をはっきりとさせていく記憶。名無しさんは、重い目蓋を一生懸命開けて、声の主と視線を交えた。
「さね…み………、」
「何だ?」
意識もしていないのにどうしても溢れてくる涙が、ポロポロと頬を伝って落ちていく。実弥の腕を、濡らしてはいけないと、思うのに、思うのに、。
「泣いていいぞ。その代わり、俺の腕の中でだけなぁ。」
自分の身体を抱き締めている実弥の腕に、力がこもったのが分かった。顔が近付いてきて、額をコツンと合わせられた。
ーーーーあぁ、なんだろう。まるで、春の昼下がりの太陽のような、ポカポカとした温かい気分だ…ー
名無しさんは、無意識に、自分からも実弥の方へ擦り寄っていった。もう、額どころか鼻までくっつきそうな距離だ。
「…………………実弥?ちゃんと、居る?私の前に、ちゃんと、居るよね??」
「居るってばよォ。名無しさんを抱き締めていいのは俺しか居ねぇだろがぁ。」
ーーーーやっぱり、陽だまりのようだ。太陽かな、この人。柔らかい…笑顔。ー
「実弥……、」
「ぁ?」
「…すき。」
起きているけれど、まだ海の中のような狭間で揺れる名無しさんの口から出たのは、真っ直ぐな気持ちだった。
実弥は、目を見開いて、名無しさんを見た。
けれど、すぐに、自信あり気ないつもの表情に戻った。
「当たり前だ。そうなるって、決まってたんだからよォ。」
ーーーーなんだろう…唇に柔らかい温かなものが触れた。そんなに何回もくっついて…離れて…くっついて…。………あ、やだ、離れて行かないで!ー
ハッ
名無しさんは、元々大きくて丸い目を更に大きく見開いて実弥を見た。
く、口付け……???
これ、口付けで間違いないよね?初めてだから分からないけれど…たぶん、きっと、そうだ。
ーーーー好きな人との口付けって、こんなに幸せなんだ。ー
「実弥。」
「ん?」
「もっといっぱいちょうだい?実弥を、ちょうだい?くれる…?欲張りかな、私……、」
空耳かと思った。
「いくらでもやるよ。絶対ぇ離さねえから、覚悟しろよ。」
再び、唇同士がくっついた。今度は、熱く。
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