□心の底
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実弥が上から覆いかぶさって、したことがなくて何をどうしたらよいか全く分からない名無しさんの唇を、優しく、熱く、愛していく。





「んぅ…っ、………ふ…」




口付けの合間に僅かに漏れてくる自分の吐息に、恥ずかしくなる名無しさん。それでも、実弥がしてくれたことを次は自分が返すように、一生懸命真似をしてついていっていた。




実弥は、そんな名無しさんが、愛おしくて愛おしくてたまらなかった。















暫く口付けを交換していた実弥と名無しさん。次第に名無しさんの表情が変わっていっていることに気付いた。









自分を、完全に受け入れてくれているような、心底安心している顔。









名無しさんは、今まで生きてきた十六年間、気を抜いたことなど一度も無かった。いつも神経を尖らせて、誰かの気配を敏感に感じとって。心を許せる人など、一人も居なかった。













実弥が、初めてだった。











こんなにも安心できて、信頼できて、気が抜けて、もっとずっと一緒に居たいと、思える人。

















名無しさんが苦しそうに呼吸をしてきたので、唇を離した実弥。名無しさんの顔の横に両手をついて、見つめている。







「ハァ…は……、ハァハァ…」




「フフッ、」









自分の上で余裕そうに笑う実弥に、ちょっとだけ悔しさを覚えた。











実弥は、今日一番の優しい顔で、呟いた。











「好きだ。」












もう、他に何も要らなかった。




















また二人で布団に潜り込み、色んな話をした。




実弥の家族は鬼に殺されたこと。弟が一人生きているが敵意が向けられていて悲しいこと。"鬼殺隊"という普通の人間では入れないような、鬼を狩る集団の風柱であること。自分のこの剣は風を生み出し鬼をたくさん斬ってきたこと。自分は稀血を持ち、鬼に狙われやすいこと。でもそれを利用して自分で身体を切って血を出していること。だからあちこち傷だらけなこと。




病死した両親が、名前と生年月日だけを書いた紙と共に産院の前に置いて行った、自分は捨てられ子であること。家族…だと思っていた人達が、実は、自分を高く売って一攫千金を狙っていたこと。近所に住むお爺さんに、読み書きだけは出来るようにと教えてもらっていたこと。雨風凌げる小屋はあっても食事が無いから、裏庭で野菜を育てていたこと。ある日遠い親戚が尋ねてきて、大きくなったら渡してくれと両親に頼まれ、多額の貯金を置いて行ったこと。それで生活できていたこと。















名無しさんは、話している間ずっと泣いていた。実弥はずっと抱き締めていた。頭を撫でていた。




実弥と名無しさんが、色んな意味で、ようやく結ばれた日だった。






















「風柱様。」













実弥は、声のした方へ顔を向けた。




「お取り込み中、非常に申し訳ないのですが、御館様から臨時の招集がかかっております。」




現れたのは、前にも見た…ような気がする、黒装束の男。




御館様…?




実弥、行かないといけないみたいだな。





「…分かったよ。準備するから、一旦下がってろ。」




「ははぁ。」









「はぁ……………、」




「実弥、お仕事…?」




「あぁ。」




「じゃあ、行かないと!」




動いて実弥の腕の中から抜け出そうとする名無しさんを、実弥は離さない。




実弥は名無しさんの首元に顔を埋めて、ボソボソと喋った。




「行きたくない。離れたくねェ。」





珍しく可愛いわがままを口にした実弥に、名無しさんは微笑んだ。




実弥の身体を手で押しやる。




「私も、離れたくないよ?でも、風柱でしょ?行かなきゃ、実弥を待ってる人達が居る、守らなきゃいけない人達が居る。」




「……………。」




名無しさんの首に顔を埋めたまま聞いていた実弥は、ようやく顔を上げて腕を解いた。













外門まで見送りに来た名無しさんをジッと見つめる実弥は、名無しさんの頭に右手を置いて屈んだ。






チュッ









「行ってくる。」




「行ってらっしゃい。」







唇が重なってから右手を離し、背中を向けて行った実弥を、寂しそうに見つめた。





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