□舞う
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居心地の悪い空気の中を、無言で歩いた。





太陽が、空を白く染め始めていた。

















「あ、」



「え?」



「忘れてたぜェ。」



「何を…?」



「おい!爽籟!」













「何ダァ〜?」








「…えぇぇぇ!??」






実弥が空に向かって喋りかけると、何処からともなく真っ黒な烏が飛んできた。



その烏は、腕を出した実弥の手首に、とまった。




「爽籟。胡蝶に、今から怪我人を連れて行くって伝えてくれェ。」



「分カッタァー!」











名無しさんは、烏が会話しているのを、生まれて初めて見た。頭がついていかなかった。



去っていくその烏を目で追いながら、驚きすぎて瞬きを忘れていた。







「烏って…喋るんだ……」



名無しさんは、思わず独り言を口にしていた。



「あー、訓練すればなァ。」



隣から聞こえた声に、ちゃんと答える実弥。







「ほら、行くぞォ。」



「あ、うん。」






















蝶屋敷に着いたのは、陽が頭を覗かせたくらいの早朝だった。










「…胡蝶〜。居るかぁ?」








「不死川さん、おはようございます。話は聞いていますよ。」



「おぉ、はよ。」



蝶屋敷の玄関で中へ向かって声を通せば、待機していた胡蝶がすぐに出てきた。



「それで…その方ですか?」



「あぁ、そうだ。コイツ、鬼に腕を掴まれたみてェで、傷口が五つある。」





ーーーー言っていないのに…!実弥、そんなことまで分かったの!?ー




自分が応急処置した、布でキツく縛っている名無しさんの腕を見ながら、実弥は辛そうな顔をして喋った。



「すぐに処置をしましょう!こちらにどうぞ。」



「あ、はい。」



名無しさんは、胡蝶と呼ばれたその綺麗な女性に、目を奪われていた。



ーーーーこの人も、柱なんだ…、強いんだ…。ー



声を掛けられて返事はしたものの、名無しさんは、胡蝶の女性らしいしなやかな所作や、名前の通りの可愛らしい蝶の髪飾り、それがまたよく似合っていると、引け目を感じた。








「あなた、お名前は?私は、胡蝶しのぶと申します。」



ニッコリと微笑まれて我に返った名無しさんは、慌てて答えた。



「名無しさんといいます。よろしくお願い致します。」



「こちらこそ、よろしくお願いします。」











「それでは、不死川さん、終わりましたら烏を飛ばしますか?それとも屋敷内でお過ごしですか?」



「あー、そこの縁側に居っからよォ、教えてくれェ。」



「分かりました。名無しさんさん、どうぞ。」



「…はい。」



胡蝶に促される直前、実弥の顔を見た。



「連れてきてくれてありがとう」と言いたかった名無しさんだが、実弥が目を逸らしていたので、言うに言えなかった。








処置室に入った名無しさんは、扉を閉めた胡蝶と目が合った。にっこりと微笑まれ、その、何でも見透かしてしまいそうな紫の瞳にドキッとした。







「では、今から処置を始めますね。痛いと思いますが、早く治すための辛抱だと思ってください。」



「はい、」












慣れた手つきで、自分の腕を消毒し始めた胡蝶。



「いぃぃっ!!!!!」



悲鳴が出た。我慢強い名無しさんが、生まれて初めて、怪我で叫んだ瞬間だったかもしれない。



「滲みますよね。ごめんなさいね。」



胡蝶は、辛そうな表情で手を動かしている。



「いえっ!胡蝶さん、私のために…こんな早朝からすみません!」



「いいのですよ。怪我をしている人を、放ってはおけませんもの。」



視線を上げて名無しさんと目を合わせた胡蝶。どこか詮索している目をしていた。



「それで、……」



「え?」












「それで、不死川さんに、…」



「あ!あの!えっと…不死川って、実弥の苗字ですか?」



「まぁ!そうです、不死川実弥さんです。不死川さんったら、下の名前しか教えていなかったのですね。」




「…………………」



名無しさんは、急に泣きたくなった。



ーーーー…ううん、悲しいけれど、大丈夫。だって必要なかったんだもん。下の名前だけで、十分じゃない。ー



名無しさんは、チクッと胸が痛んで、辛辣な顔になった。





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