□血
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実弥の背中に腕を回そうとして筋肉を動かして激痛が走った。



名無しさんはずっとバレないように我慢していた。だから、実弥が知るはずはないのに。



「ちょっと待て。まずは傷の手当てからだ。」



実弥は、羽織りを既に脱ぎながら、名無しさんの腕をジッと見ていた。



名無しさんの服は黒い。しかし、我慢強い名無しさんの僅かな表情の変化にも、実弥は気付いていた。たくさんの経験と知識のある柱には、そんなことを見破るのは簡単だった。



ましてや、好いた女なら、尚更。








ビリビリッ







「あぁ!そんな…っ!」



実弥は、脱いだ羽織りを力で切り裂いていく。名無しさんはそれに慌てた。



「羽織りくらいいつでも作れる。名無しさんの方が大事に決まってんだろ。」



裂いた布で名無しさんの血だらけの皮膚を優しく拭いていく。自分の血で実弥の白い羽織りが紅く染まっていくのを、名無しさんは悲しそうに見ていた。



しかし、少しも動かせない左腕は、実弥にされるがままになった。




















「………稀血、」



「あ?」








「私の血は、稀血だって、鬼が言ってた。」







「…………………………」







実弥の手が止まった。




























「…そんなの俺だけでいいのにな。」



心からの声だった。名無しさんの傷だらけの腕を見ながら、実弥は悲しくて堪らなくなった。



何となく、そんな感じはしていた。名無しさんが鬼と遭遇する頻度、そして何より、この血の匂いが自分と似ている気がしたから。



再び動かした手で裂いた布を次々に変えながら、新しい布で傷口をぎゅぅっと縛った。



「い、っ……!」



「すまねぇ。痛ェだろうが少し我慢しろ。」










ーーーー実弥は、手当てもできるんだ。格好いいな…。ー







名無しさんは、自分の腕を手際よく応急処置していく実弥に、柔らかな視線を向けていた。













「終わった。胡蝶のところに行くぞ。」



「胡蝶?」



「あぁ、鬼殺隊の柱の一人だ。傷の手当てができる奴だ。」










「ん、」



急に実弥が左手を出してきた。



「?」



よく分からなくて首を傾ける名無しさん。



「繋ぐに決まってんだろがァ。」



さも当たり前のように自分から名無しさんの右手を取りに行った実弥に、名無しさんは違和感を覚えた。



手を繋いで歩く二人。



だが、名無しさんは、考えていた。斜め前を行く実弥の横顔を見ながら、ずっと。













ーーーー実弥……、手繋ぐの、好き!?ー









答えは、身を持って経験している。



人は見かけによらないらしい。
























「約束二つ、守ってくれたな。」



横から名無しさんの視線を感じながら、前を向いたまま喋る実弥。




「二つ…?」




「あぁ、一つは、鬼に簡単に心許すなってこと。俺が来るまで、時間稼ぎしてくれたろォ?」




「………う、ん」




本当は、ただの、御守りを使った命乞いで。時間稼ぎではなかったが、実際、実弥は来てくれたから。




「二つ目は、………名無しさん、死にたくねぇって、思わなかったか?それだ。」




「ぁ、……」




「全部どうでもよくなんてねェ。命だけは、大切にしろ。自分のも、他のも。」




「…………うん、」






























「おかえり、名無しさん。」




振り向いた実弥。本当は抱き締めたかったが、名無しさんの腕がこれ以上痛まないようにと、頭をポンポンと優しく叩くだけにした。止まりかけていた涙がまた溢れ出してきた名無しさんの瞳。




ーーーーどうしよう。どうしよう。何て言ったらいいのかな、私は、もう、帰れないのに。ー





「おい、今、邪なこと考えてんだろ?」
















「名無しさんの帰る場所は、俺の腕の中だ。」
















「うんっ…!!!」



大きく頷いて、縋るように隊服の上着の裾を引っ張ってきた名無しさん。








「ただいま…っ!」






実弥は、名無しさんの顔に近付いていって、チュッと触れるだけの口付けをした。とても優しかった。





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