同人誌の奇蹟(過去に出した同人誌の掲載)

□花 蜜
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「蔵馬……?」
同じ言葉を繰り返したのは、飛影のほうだった。


朝の百足の…太陽の光の差し込む、飛影の部屋。

そこで、飛影は覚えのないものを見たのだ。
どうしてこんなことが…。


よく覚えていない記憶を、眠気の眼差しで思いだしてみる。

そうだ……あれは確か昨日。

百足に忍び込んできた蔵馬を思うままに抱いて…
そのまま蔵馬を抱きしめて眠った。

その時は確かに黒髪の、その人が腕の中にいた。


それを浮かべながら、飛影は目の前に居るその人…らしき…を見つめた。

けれど返ってきたのは確かに蔵馬の声で。


「飛影」
高い、甘い声だった。
蔵馬の姿が一回り小さくなっていた。
大きな耳…狐の…と言うより猫のような。
小さいとは言いがたいツンと伸びた耳。


ふわふわとしたそれに、ダボダボになった服と。
ふわりと映えた白と銀の混ざったような尾が見えた。




どうしたと、言う言葉も出なかった。
「起きたら……」
ベッドの上に手を突いて、蔵馬は飛影を見上げていた。
深い碧の瞳はそのままに、けれど何だ…やけに幼く見えるのだ。



ゾワっと這い上がる、言葉に出来ない何かを、飛影は一瞬感じた。


「ほら」
ふわふわと上下に揺れる尾を、蔵馬は突き出した。


くるりと蔵馬が回ると、幼子が身体を突き出したように見えた。

座り込んで半分身体を飛影に向けて、蔵馬の尾がパンパンとベッドに着いた。


「これは……」
尾の端に触れると、蔵馬の背がビクンとしなった。
「わ!」
飛影の温かい指が、蔵馬の冷たい尾をゆっくりと撫でていた。

膨らんだ尾がベッドに沈んで、飛影の大きな手が、
その尾を上下に撫でていく。

柔らかく…力を入れずに。


「気持ちが良いな」
何故そんな姿に、とは飛影は訊かなかった。
蔵馬が着ているのは、昨日眠りについた蔵馬に、夜中に飛影が着せたパジャマだった。


それはホテルにあるような、柄のない薄い水色の上下で。

今の蔵馬には、なんだか人形が服を着せられているような感じにしか
見えない。



「大きい……」
蔵馬の手をすっぽり包み込むような袖の長さ……。
ずるりと肩が、気を抜いたら落ちてしまいそうだった。
「ふ、ん……」
言う蔵馬を無視して、飛影は尾を撫で続けていた。

柔らかい毛の感触…煌めく、色の光を集めたような毛先。

尾を割って真ん中で割り、飛影は
ゆっくりゆっくり付け根から毛先までを辿った。




「ひゃっ……」
何だ、と蔵馬は尾を振った。驚きで、尾が上下にバサバサと動いていく。
「あの……」
小さく、蔵馬が呟いた。
「何か、妖力も、使えなくなっちゃってるみたい」
大きな目を回して、蔵馬は飛影の服を掴んだ。
一輪首の後ろから花を取り出し、けれどそれはパラ、
とベッドの脇に落ちた。

「ごめん、なさい……」
忍び込んだのに……何も出来ない。

「俺今、あなたの邪魔かも……」
声に呼応したのか、耳がベッドに向かいしおれるように垂れていく。

「何を、気にする」
耳の真ん中の薄桃色の部分を、飛影がそっと触れた。


「妖気…分けてやろうか」
「え……?」
でも、と蔵馬の小さな声がした。


「だってパトロール」
「お前とどっちが大事だと思っている」
コツンと、蔵馬の額を叩く音がした。
「ほんとに?…飛影」
少し丸みを帯びた頬が、桃色に染まった。


「今日、傍に居てくれるんだね!」
ぴんと、耳が上向いた。


「やっ……」
少し小さな蔵馬を横たえると、蔵馬は身体をぎゅっと抱きしめた。





「何をしている」
初めての時みたいな…と、飛影は一瞬口をつぐんだ。

パジャマをズリ落とすと、小さくなっても、あの蔵馬と同じ柔らかな肌が合った。


それを数秒、飛影が見つめると蔵馬は自分を抱きしめたのだ。



「何か……」
いつもと違う。違うのは少し小さいだけで…自分は変わっていないのに。

だけど飛影が仰向けの自分をゆっくり見つめてくる。
それだけで、知らない甘い感覚が駆けていた。
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