バレンタイン クリスマス小説
□mischief or Oath
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しなやかに靡いていた黒髪が、緊張の色を帯びた。
ひらひらと、手を振って笑うその人の…女王の笑顔が、恐ろしく美しかった。
手のひらを広げて抱きしめそうなほど歓迎している表情に、笑顔を返すことができなかった。
不気味なほどの笑み。
その笑顔に、蔵馬は、一瞬黙り込んだ。
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長い黒髪が、小さく靡いた。
丘の道を見つめ、俯いて蔵馬は上を見上げた。
「…よう」
遠く、そびえる要塞の前に立つ美しい女王が、見えた。
手を振り、躯ただ一人が、その入り口に立っていた。
荒い息を整え、蔵馬は女王を見上げた。
遠くても分かる…無邪気なほど溢れる笑顔に蔵馬の背に冷や汗が流れた。
あんな笑顔、見たことがない。
面白いものを見るような余裕の笑みだけを浮かべている躯を、何度も見た。
それとは違う。笑顔が、逆に恐ろしい。
きゅっと、右手に握り絞めた巾着を見つめ、ゆっくりと歩き出す。
暖かい太陽が、黒髪を照らす。
暖かい太陽が、黒髪を照らす。
魔界の地に足を踏み入れた瞬間に見えた、
そびえ立つとしか言いようのない、
広大な大地の全てを飲み込みそうな要塞。
あの人の居る要塞が…。そこにあるのだ。
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「わざわざ済まなかったな」
丘を登り、荒い息を吐き出し辿り着いた要塞で…百足の前で、躯だけが立っていた。
動きもしない要塞よりも遙かに小さいはずの女王は、
けれどそこにいるだけで威圧を感じさせた。
爽やかなほど不思議な笑顔を浮かべ、蔵馬をゆっくり見つめていく。
「これ、を…」
そっと、巾着を手に取り差し出すと、躯は少女のように笑った。
「済まないな、面倒だっただろ」
言いながらも悪びれる様子はなく、高く昇る太陽のような微笑みを浮かべた。
「飛影の部屋でゆっくり待っていれば良い」
言うと、蔵馬の手をぎゅっと握った。