ごっこじゃないよ
[山本 武]




夕日が射し込む放課後の教室

運動部がグラウンドで練習に励む声の中で、愛しい人の声だけがクリアに届いた

一つ下の後輩

野球部に所属する彼は、今日も泥だらけになって練習に励んでいる



『武』



進路も決まり、無事卒業式も終えた

“在校生”という立場から、“卒業生”という立場に変わって、今この場に居る

(もう、気軽に来る事は出来ない)

“来賓”と書かれたタグに、真新しいスリッパ

それらが私を部外者なのだと言っている様で、堪らず目を背けた



「先輩!
 来てたんっすか?」

『ッ!?』



背後から聞こえた声に、肩が跳ねる

さっき迄グラウンドで練習していた彼の声が、聞こえる筈なんて無いのに



『な、んで?』

「ん?
 さっき練習中、先輩が此方見てるのが見えて」



監督に嘘吐いて来ちまった、と言って笑う山本に、笑顔が溢れた



『早く戻らなきゃ怒られるんじゃない?』

「んー。
 ま、何とかなんだろッ」

『相変わらず暢気ね』

「ハハッ、先輩の事見付けちまったらしゃーねえよ(笑)」



本人には自覚なんて無いんだろうが、彼の紡ぐ言葉一つ一つに、胸が騒ぐ

天然の彼だから、深い意味なんて無いって分かってるのに

(嬉しい、なんて)



「てか、なんで先輩が?」

『ん、お世話になった先生が離任しちゃうから、挨拶しにね』



尤もな理由を、尤もらしく言う自分に苦笑

本当は彼の姿を探しに来たくせに

(笑っちゃう)



「本当に、もう居ないんすね」

『?』



夕日に照らされた顔に影が落ちて、彼の表情が分からない



「毎日毎日、3年の教室の方見る度に探すんすけど…だーれもいねーの」



当たり前なんだけどな、と言った声音が少しだけ震えていて、どきりとする



「これから先、先輩が居ないなんて…信じたくねーのな」

『武…』



私は期待しても良いのだろうか

自惚れてしまっても、良いの?

このまま破裂してしまうんじゃないかと思う位、心臓がドクドクと煩い



「先輩、俺…先輩の事、好きっぽい」

『ッ!』

「ツナや獄寺とマフィアごっこしてる時も、大好きな野球やってる時も…先輩の事が気になって、気が散って…人生二度目のスタメン落ちっすよ」



ハハッ、と乾いた笑みを溢す山本

信じられない言葉の連続で、思考が働いてくれなくって

何か言葉を返したいのに、なんて返せば良いのかが分からなかった



「んな困った顔しないで下さいよ」



傷付いた様な表情
心臓がドクリと脈打つ



『ち、違うのッ!
 ちょっと、びっくりして…』



私だって同じ気持ちだって言いたい

けど…

(もう、近い存在じゃない)

簡単には逢えない
毎日、見詰めてられた関係じゃ…無くなったのに

でもッ



『私も、武が好き』



驚いた様に見開いた瞳に、私が映る

大きく息を吸って、もう一度



『武が好き
 今日だって、最後にって…逢いに来たの』

「マジ、すか…?」



空気を震わす、彼の小さな声

泣き出しそうなその顔に、優しく微笑み返した



『マジ!』



不思議とスッキリした、心

モヤモヤと心を覆った靄が晴れたみたいに、清々しい



「俺、今なら先輩の門出祝えるきーする」

『?』

「卒業、おめでとーございますッ!」

『!?』



眩しい位の笑顔

嬉し過ぎて、涙が出た



「ハハッ、泣くくれー喜んでくれるなんて思ってなかったな」

『泣いてないッ!』

「嘘は駄目っすよ、先輩」



頬に伝う涙を拭う指先が、酷く優しくて、涙が止まらない

困った様に笑う君の表情に、嬉し涙

(そう言えば、今日ってホワイトデー)

そんな事を考えていたら、彼の整った顔が近付いて、ヒリヒリと痛む目頭に、そっと口付けられた










「今年のお返しは、俺って事で勘弁なッ!(笑)」


\happy/
white day











20100314
大和雅


赤丸チェックだぜ!



[TOPへ]
[カスタマイズ]

©フォレストページ