オリジナルU

□もう一度、
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 彼女と私は決まって真っ白な部屋の中で向かい合っている。

 私は彼女と笑顔で話をしていて、彼女も笑顔で応じていて。

 ――でも私が彼女へ手を伸ばすと、まるで霧にでも触れた様にするりと掻き消えてしまう。

 そこで私はいつも気づくのだ。
 これは現実じゃなくて――夢なのだと。

 消えていく刹那の彼女の顔は、とても綺麗に笑っている。記憶の中の彼女の最後の姿と重なって、そこだけが妙にリアルだ。


(…――ああ、)


 朝起きるたびに私は、ずきんと痛む胸を抑えるのだった。




   『もう一度、』



 その日から私は、人と喋るのをやめた。

 卒業した後の進路はきっと誰も知らない。地元から離れた場所の女子大学に進学した。全てゼロからのスタートだったけど、大学に行っても誰とも会話が出来なかった。家に帰れば一人になる。一人になったら喉のつかえが取れた。それでも声を出すのは憚られて、息だけ使って泣き続けた。泣き疲れて寝て、起きて少しだけまた泣いて、それから家を出た。喉はまた塞がった。


 大学では特に話せなくても苦労はしなかった。ただ、少人数講義の時だけは少し困った。

 喋れない。そんなことを教授に筆記で伝えると、優しいその人は少しだけ笑って、私の頭をちょっと撫でてから、じゃあノートに考えたこと書いて、毎回提出しなさいと言ってくれた。ただし期末のレポートは人の倍書いてね、なんてにやりと笑いながら。私は素直に感謝した。口を開けば人前ででもすぐに泣き出してしまいそうだったから。


「おーい、滝さん」

 呼ばれて振り向くと、同じ講義をとっている穂純さんが走ってきたところだった。手には見慣れたノートを持っている。というのも、彼女はキャンパスノートの表紙にでかでかと自分の名前を書いてあるから、ちらりと見ただけで彼女のものだと分かるのだ。今も手に持つそのノートには、油性ペンで大きく"穂純"と書かれていた。

「さっきの授業、出れなくてさ。どんなことしたの?」

 そういえば彼女の姿は見かけなかった。
 一年生にも関わらずサークルやバイトで忙しい彼女の事情を知っている教授は、苦笑いしながら出席を取っていた。あと二回休んだら単位はあげられないなーと呟いていたから、本気でそろそろやばいのだろう。駆け寄ってきた彼女のこめかみに一筋汗が流れていて、きれいだなと思いながら私は肩からかけた鞄を探った。

 二枚のプリントは来週までに下調べしてこなければならないもののリストアップだった。それを彼女に手渡すと、嬉しそうに笑ってありがとうと言った。


 
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