オリジナルU

□もう一度、
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「あーん」

「………………」

 まさかとは思ったけど。

 呆れたような顔をする私に向かって、穂純さんはなおもにこにこと笑いながら卵焼きを差し出している。箸の先につままれたそれは少し型くずれていて不格好だけど、きっと美味しいんだろうなと思えた。

 ただ、私の喉は塞がったままだった。

「………。」
「食べられない?メーワク?」

 うつむく私に彼女は問う。答えられずに目を閉じた。

 私にだってうまく伝えられないのだ、どうして人前で物を食べられなくなったのかなんて。口を開くのが怖くて、何かを思うのが恐ろしくて、思い出すのが悲しくて、誰かを想うのが辛かった。心を動かすことに、酷く臆病になっていた。

「解った。もしかして卵焼きは砂糖派だね!」
「………」

 これか!というように思いついた表情で言い切った彼女へ、私は曖昧な笑顔で首を横に振った。どちらかといえば出汁派だ。

 なんといえば良いのか解らない。この喉を塞いでいるものを、胸をひどく締め付けるものを、人と接するたびに軋む心の状態を、目の前にいる彼女にどう言えば伝わるのか。伝わらないだろう、私でさえも解らないのだから。

 うつむいてしまった私の目の前には、箸に挟まれたままの玉子焼きがぴょこぴょこ揺れている。美味しそうだと思う、でもそれまでだ。

「………、」

 要らないという仕草をしよう、筆談で食欲が無いとでも伝えよう。そう思って顔を上げた、その瞬間に動きを止める――止めざるを得なかった。

「…――、っ?」

 ふに、と唇に柔らかい感覚。

 あ、と思った。この感覚を私は前に知っている。それはもう何か月も前のことだ。けれど記憶は鮮明で、目の前の状況と照らし合わせると間違いない。

 ふっと柔らかな感覚が離れ、不明瞭だった視界に穂純さんの顔が映る。それはゼロだった距離から少しずつ離れて行き、さっきよりもやや近い位置にとどまった。

 ぽかんとした私はいつの間にか、口を開けてしまっていたらしい。あまりの突然の出来事に間抜けに開いた口へ、穂純さんの目がきらりと光った、ような気がした。

「…――隙ありッ!!」
「――ッん、ぐ」

 いつの間の手際なのか、玉子焼きはさっき摘まれていた時よりも半分の小ささになっていて。玉子焼きは見事私の口内に突っ込まれていったのだった。

 ぱくん、と勢いで口を閉じてしまってから、しまったという顔のまま穂純さんを見つめ返す。彼女はにんまり、してやったりと笑っていた。それでもその表情が、目が、柔らかく穏やかに揺れていて、私はどうすることも出来なくなった。


 
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