main 〜Marchen〜

□狼煙
1ページ/2ページ

「嗚呼……」

本日幾度目かの「嗚呼」が一人きりの部屋に響き渡った。

メルヒェンは自室にて、楽譜を書いている途中。それも近日中に仕上げてしまえたら良いなと思っているものだった。
しかし、羽ペンを持ったと思った手は動いたと思えば直ぐに止まる。それと共に難しい顔をしたメルヒェンが、嗚呼だの否だのと洩らす。
正直、彼の視線の先の五線譜には、30分前程前から進展がない。

「嗚呼…」

潔く、というよりかは漸く羽ペンを手から離して、メルヒェンは椅子に座ったまま軽く伸びをした。しかしその表情は冴えない。
寧ろ困っているだとか、落ち着かないと言った方が正しい。
曲中のコードの進行等に行き詰っているわけではない。
期日までに仕上げなければという焦燥感に駆られて慌てふためいているというわけでもない。若し出来ないのなら出来なくても構わない。只の趣味なのだから。
寧ろそれらより、一番自分に似つかない理由。
だからこそ解決方法が見つからなくて困っているし、自分を律する事の出来ない歯がゆさに気持ちが揺れてしまっているのだ。


脳裏に浮かぶのは、先日の音楽大学での出来事。
生垣に囲まれた庭園で、初めて会話をした人。声色も、表情も、雰囲気も、数日経った今でも鮮明に思い出せてしまう。
王子の事を考えただけで、胸が痛くなる。
ぎゅっと苦しく、締め付けられるような痛みに、溜息が出る。
「……はぁ…」
何故だろう、苛々する。

メルヒェンは背凭れに完全に身体を預けて、目を閉じた。
ここ数日間、何度あの時の事を思い返しているだろうか。何故思いだしているのだろうか。考えれば考える程、その答えは遠ざかっていくようで、靄の中に隠れてしまいそうで。だから余計、苛々する。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ