main 〜Marchen〜

□予鈴
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メルヒェンは音楽大学の横手にある通用門から、大学へと入って行った。正門ではなく、である。
と言っても、彼は別に怪しい事をしているわけでも何でもないし、彼にとっては日常の一部だ。

メルヒェンは近所のアパートで一人暮らしをしている。そのアパートからは大学横の通用門から入った方が近いのだ。別にメルヒェンだけに限らずとも、此の音楽大学に通う生徒の内何割かは同じ様に通用門から出入りしている。
通用門から構内に入ると、庭園へと続く一本道がある。その道を途中で左若しくは右に曲がって各学科棟へと向かうのだ。メルヒェンは作曲を主に学んでいるので右の棟への道を進むことになる。
曲がり道まで来たところで、ふとメルヒェンは足を止めた。
「(……庭園…)」
あの日から、庭園には足を踏み入れていない。日頃息抜きの為に庭園でこっそりと唄ったりする事はあったが、あんな事があってから、再び王子と顔を合わせてしまった時にどうすればよいのか分からずに避けている。
メルヒェン的には息抜きをする数少ない場所は必要だったので惜しいところだ。
「(こんな事を考えていても仕方ない、行こう)」
そう思って道を曲がろうとした、その時

「メルヒェン!」

ふと聞き覚えのある声がメルヒェンの足を止めた。恐る恐る振り返ると、庭園の方の道から王子が手を振って此方へと向かって来る所だった。
「おはよう」
目の前に現れた王子に、メルヒェンはしどろもどろになりながら返事を返す。
「…っ…お……おはよう」
「あの日からもしかしたら会えるかもと庭園に通ったりもしていたんだけれど…。やっと会えたね。嬉しいよ」
「あ………その…」
満面の笑顔を向けられ、メルヒェンは目を逸らした。
「(おかしい……、私は何故こんなに、緊張しているのだろうか…?)」
彼の笑顔を見ていると、自分の気分も僅かながらに高揚するのが分かる。
しかし、そんな彼に庭園にいなかったのは故意だ、避けていたのだと言うのは憚れる。
「(そんなにしていたのに…何故だろう……。今私は、彼に、嫌われたくないだなんて、思っている…)」


「ねぇ、メルヒェン」
「!?わッ!」
突然視界に王子の顔が迫り、メルヒェンは驚いて後ずさった。
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