main 〜Roman〜

□Le marche
1ページ/3ページ

「うーん、やっぱり寒いねぇ、サヴァン」
「冬だから、当たり前だと思うのだがね…?」
言葉の割には嬉しそうな声のイヴェールに、サヴァンは外套の襟を寄せながら言った。

何時もの様にイヴェールがふらりと彼を訪れたのが少し前のこと。丁度買い出しに行くと言うサヴァンに、イヴェールがついてきたのだ。
以前にも一度だけサヴァンに連れて来て貰った事のある市場。その時と変わらず活気に満ちた楽しい雰囲気を感じ取り、イヴェールは満面の笑みを浮かべる。
「何か、お祭りみたいで、いいなぁ」
きょろきょろと辺りをせわしなく見渡している姿は、幼い子供そのものだ。思わずこちらまで笑みがこぼれてしまう。
「あ、サヴァン!」
「ん?」
イヴェールが不意に立ち止まり、くいくい、とサヴァンの袖を引っ張った。片手を上げて一点を指差しているので、何か見つけたのだろう。
「サヴァンの探してたパン屋さん!あそこにあるよ!」
そう言うや、イヴェールが一人で駆け出していこうと、足先をそちらに向けた。
「イヴェール」
慌てたサヴァンは、イヴェールの腕を取った。イヴェールの動きが止まり、サヴァンの顔を見る。
「な…に?」
「君の事だ、私の視界からいなくなったら迷子になってしまうだろう…。…こうしていなさい」
そう言って、サヴァンは半ば強引に手を繋いだ。
こんなに暖かなコートを着ていても、風に晒される指先はかじかむ様に冷たい。サヴァンはその細い指に、自らの指を絡ませ、ぐい、と腕ごと引き寄せた。
「さっ…サヴァンっ…」
隣から聞こえた小さな声に顔を見ようとするが、伏せられていて、伺うことも出来ない。それに見なくても知っている。彼の顔が真っ赤だという事は。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ