main 〜Roman〜

□C'est‐a‐dire
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重い目蓋を上げると、目の前に広がったのは、ただ、白い天井だった。見覚えの無い光景に瞬時に警戒心を立ち上げ、ばっ、と勢いをつけて起き上がった。
「……?此処は」
辺りを見渡すが、ただ白い壁が視界を覆うだけの簡素な部屋。必要最低限の物だけを詰め込んだというような部屋。しかし、私の今寝ている寝台があるという事は、誰かの住居だろう。その肝心の主人が見えないが。
寝台から立ち上がろうと左腕を付いた時、ずきんと左腕に痛みが疾った。
「うッ!!……痛っ…!」
思わず叫んで左腕を庇うように右腕を添えた。痛みを振り払おうと顔をしかめて耐える。
静寂。
の中に、足音が聞こえてきて、私は顔を上げた。
「……おや、起きていたのかい?」
思わず私は目を見張る。何かを考えようにも何も頭に浮かばず、ただ彼を凝視するばかりだった。余りにも私がじっと見詰めていたからか、彼は口元に軽く手を当てて笑った。
「呆けている。もう少し寝ていた方がいいのかもしれないな、君は」
「アビス、だ」
知らずと口が動いていた。寝台の横に置いてある椅子に腰掛けて、彼が少し考える素振りを見せる。
「…奈落?その名は、偽名かい?」
「君はそんな事を知らなくていい」
「私はオーギュストと言う。オーギュスト・ローランだ」
先程のやり取りへの返答か、彼が名を名乗る。その名を頭の中で繰り返した。深い栗色の髪を上半分だけ束ね、白いシャツの上に深緑のエプロンを纏っている。何かの作業をしていたのだろうか、エプロンには灰色や白色の線が付着している。
私の視線の先に気付いたオーギュストが、嗚呼、と声をあげた。
「すまないね。君の声が聞こえて工房から慌てて出て来たものだから、外すことをすっかり忘れていた」
汚れたエプロンを脱ぎ、近くにあった籠の中に放る。
「それで…体調の方はどうかね?」
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