□愛しているのは貴方だけ
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本当に弁慶さんが好き。


言葉で言い表せないぐらい大好き。


誰よりも何よりも、貴方を愛してる。


だって、元の世界よりも…お父さん、お母さんよりも貴方を選んだんだよ…?


貴方の傍にいたかったから、貴方が私を望んでくれたから。


貴方との五条での暮らしは短かったけど…とても幸せだった。


けど、この幸せを手放したのは私自身…私が決めたこと…だから引き返すことなんてできないんだ。


だから…涙なんて流しちゃいけないのに、…止まらない。


止まらないよ…弁慶さん…。














愛しているのは貴方だけ















五条の小さな小屋にいるのは二人の男女。

日は落ちた今、僅かに差し込む月明かりだけが二人を照らしている。


「…んっ…」


褥に寝かされた少女、望美は自分に覆いかぶさっている青年、弁慶を見上げる。

視線が交わるたびに、止むことのない雨のような口付けが降ってくる。

口付けは額、目尻、頬、唇、鎖骨、胸元…と、どんどん下へと下がっていく。


「…あっ…」


望美と弁慶が夫婦となって、五条で暮らし始めてすでに一ヶ月が経とうとしている。

薬師と妻として望美の評判も良く、おしどり夫婦として五条では知らない者はいない。

そんな二人だったが、未だに夫婦の契りを交わせずにいた。

原因は…


「っ…や!待って…弁慶さんっ」

「…今夜もやっぱり駄目ですか…?」


弁慶が手を伸ばし、望美の単の腰紐を解こうとした途端に望美がその手を掴み止めた。


「…ごめんなさい…」


元の世界で彼氏すらいたことがない望美はこういう経験は全くの素人だ。

もちろんファーストキスの相手だって弁慶である。

弁慶のことは好きだし、受け入れたいと思ってはいるがどうしても恥ずかしくなってしまう。

君が覚悟ができるまで待ちます…弁慶はそう言ってくれたが、さすがに望美は申し訳なく思った。

そして今夜こそ…!っと思ったが、こうしてまた拒絶してしまった。


「いいんですよ、無理はしないで下さい…」

「でも…」

「僕達にはこれからいくらでも時間があるんですから焦る必要はありません」

「…はい」


弁慶は微笑んで、そっと望美に触れるだけの口付けを落とした。

そして、望美を包み込むように優しく抱き締めた。

望美もその優しい温かさに安心したように目を閉じた。





これからいくらでも二人の時間はある。



望美も弁慶もそれを信じて疑わなかった。



けれど、幸せが崩れていく足音は確実に近づいていた。



幸せを手放すことを決めたのは望美。



どれが間違いで正しいかなんて誰にもわからない。



だから、誰にも望美を責める資格なんてないだろう。



けれど弁慶にだけはその資格はあるのかもしれない。



一生の愛を誓った彼にだけは…。




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