短編

□拍手
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◆拍手・その1






「君の瞳に僕しか映らなければよかったのに…」


触れ合う暖かい唇。


「…ん…」


いつも笑顔を絶やさない彼が初めて見せた嫉妬。






学校の帰りにたまたまクラスメイトの男の子と会い、同じ方向だから一緒に帰ることになった。

ただそれだけ。

でも、彼がそれを目撃していたことには気が付かなかった。

家に帰り、自室のベットに腰掛けた。

すると携帯の着信が鳴り、画面には"弁慶さん”と表示される。

慌てて電話に出る。

もうどれぐらい彼と会っていないだろう。

私は高3の受験生で、彼は社会人。

お互い多忙でここ一、二週間は会っていない。


「もしもし、望美さん?」

「弁慶さん!」


久しぶりに聞いた彼の声に思わず顔が綻ぶ。


「今から会えますか?」

「今から、ですか…?」


ふと、壁に掛けられている時計に目をやる。

時刻は5時を示していた。


「はい、大丈夫です!」

「良ければ、僕のマンションに来てくれませんか?」


彼の住んでいるマンションは望美の家から歩いて十分ほどの距離だ。

彼はまだ二十代半ばだが、しっかり自立していて一人暮らしをしている。


「じゃあ。用意をしてすぐに行きますね」

「待っています」











* * * *





どさっ


「きゃ…!」


弁慶のマンションのインターホンを鳴らし、部屋への扉が開く。

扉が開くと同時に腕が伸びてきて、望美の身体は部屋の中に引き込まれた。

そして、いつのまにかベットに組み敷かれている状態だった。


「な、何するんですか!?」


突然の弁慶の行動に望美は非難の目を向ける。

弁慶は無言で望美の首筋に顔を埋める。


「やっ」

「…僕に触れられることは嫌ですか」

「ぇ…」


呟いた弁慶の言葉は望美の耳には届いておらず、思わず聞き返した。


「僕はずっと君と会いたくてしかたなかったのに、君は他の男と楽しそうでしたからね…」

「え?」

「君を迎えに学校まで行ったんです、…君は他の男と楽しそうに…」

「…!ち、違います!」

「…何が違うんですか、事実でしょう?」

「弁慶さ…!」


言葉は弁慶の唇により奪われた。


「んんっ…!」


抵抗を試みてみるが、男の弁慶の力に敵うはずもない。

瞳を微かに開いての表情を覗くと、眉を寄せてどこか辛そうな顔をした弁慶が映った。


…弁慶さん?


弁慶は唇を離し、望美の耳元でぼそりと呟いた。


「君の瞳に僕しか映らなければよかったのに…」

「弁慶さん…」

「僕は君しか見ていないのに、君は違うんですか…?」


再び唇が重ねられる。

何度も何度も啄ばむような口付けが降ってくる。

そんな彼の口付けを受けながら、愛しさでいっぱいになってくる。


…嫉妬、してくれているんだよね?


そっと弁慶の首に腕を回した。

すると彼は驚いたように望美の顔を覗きこんできた。


「望美さん…?」

「違うんです、誤解です」

「え?」

「偶然同じクラスの男の子に会って、帰る方向が一緒だっただけなんです」


そう言うと、ちゅ…と弁慶に触れるだけの口付けを与えた。


「望美さん…」

「私もずっと弁慶さんに会いたかったです…」







その後、誤解の解けた二人が甘い時間を過ごしたのは違うお話。






END
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