短編

□拍手
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◆拍手・その4

薬師夫婦。





ずっと隣にいてほしい。

君を抱き締めて、その存在を確かなものだと感じて、愛したい。

いつだって不安なのは僕だ。

だって僕の気持ちの方が君よりもずっと大きいのだから。

僕の気持ちは夫婦となった今だって募る一方。

君は…どれぐらい僕を想ってくれていますか?




此処は京の五条の薬師夫婦が暮らす小さな庵。

普段から仲の良いとして有名なおしどり夫婦の二人。

夫は妻をとても溺愛し、妻の照れながら夫を愛している。

そんな二人だが珍しく喧嘩をしたらしく、五条の庵には不穏な空気が漂ってる。


「ねぇ、望美さん。僕のこと本当に好きなんですか?」


そう夫、弁慶が言い出したのが喧嘩の原因。

そう言われた妻、望美は一瞬何かの冗談かと思ったが、冗談にしてはたちが悪い。

それに弁慶の顔が強張っていることで、本当に本気で聞いているのだとわかった。

望美は少し怒りながら「好きでもない人と夫婦になるわけないじゃないですか」と言い返した。

しかし、弁慶は納得できないらしく「君は変わった神子様だからわかりませんよ」と言った。

それには望美もカチンときて、喧嘩へと発展した。

しかし、言い争い…にはならなかった。

主に望美が一人言葉を発するような感じで、弁慶は黙っていた。

結局、最後には望美も一人で怒っているのが馬鹿らしくなって溜息をついた。


「…私の方が絶対弁慶さんのこと想っています」


そう小さく、でも弁慶に聞こえるぐらいに呟いた。


「どうしてそう思うんですか?」

「だって…」


…だって…今まで何度どんな思いをして時空を超えてきたことか。

それも全部、貴方を助けるため。

悲しい笑みを浮かべる弁慶さんを助けたかったから。

愛してるからこそ…生きてほしかった。


「…弁慶さんに言ったってわかりませんよ」


時空を何度も超えたことは弁慶には話している。

けれど、その時どんな気持ちだったかなんて望美本人にしかわからないのだから。


「もういい…弁慶さんなんて嫌い…」


嫌いという言葉には、さすがの弁慶も動揺した。

望美は大きな瞳から涙をボロボロと流していた。


「のっ…望美さん…!」

「馬鹿っ…弁慶さんの馬鹿…」

「ごめんなさい…泣かないでください…」

「どうして…いつも一人で考え込んでしまうんですか…っ…わ、私…は…私は…こんなに…べん…け…さんのこと…好き…なのにっ」


信じてくれない彼が憎らしい。

信じてもらえない自分が情けない。


「ごめんなさい…望美さん…信じていないわけではないんです」

「じゃあ…ど…して?」

「…僕たちはまだお互いのことを知らなさすぎます…もっと君を教えてください…」


夫婦とは名ばかりだ。

現に、一緒に暮らしていても同じ褥で眠ったこともないのだから。


「…僕に君のすべてをくれませんか?」


その意味を理解して、望美は頬をポッと赤くして頷いた。




嬉しい時も、悲しい時も、泣きたい時も、どんな時も一緒に過ごして、一緒に生きていきましょう。


そうして年を重ねて、昔のことを思い出して顔を見合わせ微笑めたらいいな。



END
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