短編

□拍手
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◆拍手・その5

薬師夫婦。






ある昼下がりの午後のこと。


「弁慶さん、聞きましたか?ヒノエ君の奥さんに赤ちゃんが出来たって」


「ええ、知ってますよ」


平家との戦が終わり、望美がこの世界に残って二年の時が過ぎようとしていた。

その間にも色々なことがあった。

八葉の皆はそれぞれの道を歩んでいる。

弁慶の甥であるヒノエはというと、熊野に戻った後に妻を娶り立派に別当を務めている。

そして弁慶は軍師を辞めて、現在では薬師として望美と幸せに暮らしている。

そんな幸せを噛み締めながらも、一つ、悩みがあった。


「生まれた熊野に会いに行きましょうね!」


ヒノエ君の子だからきっとすごく可愛い女の子か、かっこいい男の子が生まれるんでしょうね、と嬉しそうに話す望美に弁慶は気付かれないように苦笑した


「…そうですね」


望美と一緒になって二年…それは弁慶にとって、とても短い時間だった。

幸せな時間は過ぎているのが早いと感じた。

傍で望美の笑顔に癒されて、共に歩む日々は周りから見れば何も悩みなど無く見えるかもしれない。

しかし、弁慶は悩んでいた。


「……望美さん」

「はい?」

「…子供…君は欲しくありませんか?」


そう、悩みとは子供が出来ないことだ。

この二年の間、もちろん身体を重ねたことなんて何度もある。

でも一向に懐妊の兆しは見えない。

弁慶は子供が好きだし、望美も近所の子達と遊んでいるのを良く見るからきっと好きだろう。

子供が出来ない理由は色々考えた。

どちらかの身体に問題があるのか、それとも違い時空の人間同士だからか。

考えても答えなんて出てこない。


「僕は君がいてくれれば十分です、だから君が気に病むことはないですから」


愛する望美との子なら欲しいと思う。

でも、一番に考えるのは望美のことだ。

子供が出来ないことで、望美が悩み苦しむことが一番嫌なのだ。


「…弁慶さん、子供いらないんですか?」

「いえ、できれば欲しいですけど…君に代えられるものなんてないですから」

「じゃあ、生んでもいいんですよね?」

「え」


望美の言いたいことが分からない。

弁慶は首を傾げた。


「…ここに…今、いるんですよ。私と弁慶さんの赤ちゃん…」


そっと自分の腹に弁慶の手を触れさせた。

その瞬間、意味を理解した弁慶はカッと瞳を見開いた。

「いつからですか!」とか、「昨日の雨の中、薄着で出歩いていましたよね!?」など言いたいことが頭に渦巻いた。

でも、もっと他に言うべき言葉があった。



「…すごく、嬉しいです……ありがとう」



優しく抱き締めると、応えるように背に腕が回された。





END
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