短編

□散り逝く桜
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散り逝く桜












この世界に来て何度も季節が巡った。

京の春は桜が咲き誇り、私は何度もその桜を愛しい人…弁慶さんと共に見た。

散りゆく桜の花びらがまるで私と弁慶さんを祝福してくれているようだった。

手を繋ぎ、肩を寄せ合い、同じ歩調で歩く。

繋がった手から伝わる温もりが心地よくて、触れる肩から離れたくない。

一生一緒に共に生きていく。

私は元の世界を捨てた、育ててくれたお父さんやお母さん、仲の良かった友達、たくさんの人達を捨てた。

それでも、弁慶さんの傍にいたかった。

一緒にいたかった。

好きだから、…ううん、そんな簡単なものじゃない…どうしようもなく愛しているから。

弁慶さんと夫婦になって…幸せだった、満たされた日々だった。

でも…それも、もう、おしまい。

私は弁慶さんの傍にいられない…ごめんね、弁慶さん…。

貴方を置いて先に逝く私を…許してください…。










「望美さん…」


僕の呼びかけに、褥で眠っている彼女は少しだが反応した。


「望美さん…望美さん…」


僕は何度も彼女の名を呼んだ。

彼女を…引き止めたくて、彼女が僕を置いて逝ってしまうことが耐えられなくて…。


「…べん…け……さ…」

「望美さん…」


弱々しい彼女の声。

僕を見上げるその瞳には生気を感じられない。

まるで渾身の力を振り絞るように伸ばしてくる彼女の手を、僕は優しく包み込んだ。


「…僕はここにいます…ここに、君の傍に…」

「…うん……いて…ずっ…と…傍に……」

「当たり前です…僕達は夫婦なんですから…」


生きるも、死ぬも、共に…――。


「だ…め…」


もう首を振る力さえないのだろう、彼女は言葉だけで僕に呼びかけてくる。


「べんけ…さん…は……い…きて…」

「……そう思うなら…僕を置いていかないでください…僕には君が必要です…」


望美さんの身体に異変が現れたのは僕と夫婦となった翌年。

突然、発作と発熱に襲われ望美さんが倒れた。

ただの流行り病かと思った、けど…一向に望美さんの容態は良くならない。

そんな自分の身体の異変に望美さんは言った。


『…これは私の代償なんです…たくさんの時空を超えて、時空を歪めた私の罰…』


望美さんが何度も時空を超えたという話は聞いていた。

…僕を助ける為にも、時空を超えたことがあると。

日に日に弱る彼女に僕は何もしてあげれなかった。

ただ…傍にいてあげることしかできなかった…。

どうして彼女なのだ、こんな目に合うのが彼女でいいはずがない。

罪深いと言うなら…僕だって…。


「…ごめ…なさ……」

「望美さんっ…!」

「……あい…し…て…ます………ありが…と……」

「っ…嫌だ!!逝かないで下さい!!望美っ!」


握っていた彼女の手から力抜けて、僕の手から滑り落ちる。

翡翠の瞳がゆっくりと閉じていく。

まるでただ眠っているように見える彼女の唇に、そっと自分のものを重ねた。

たくさんの想いを込めて…。


「…ありがとうは僕の言葉ですよ…」


短い間だった君との暮らしは…とても幸せで愛しいものだった。


「僕も…愛してますよ…」


すぐ隣でさっきまで眠っていた赤子が泣き声を上げた。

僕はまだ首が据わっていない赤子を抱き上げて、優しく泣き止ませるように揺らした。

望美さん…君は僕に家族を残してくれた…。

血の繋がった子供を…君と僕の二人の血を継ぐ子を…。

君の身体に新しい命が宿っていると知った時、僕は喜びと絶望を味わった。

出産は今の望美さんの身体には耐えられない、子供は諦めるべきだと。

でも、望美さんはこう言った。


『産みたいです…弁慶さんの赤ちゃん…諦めたくないっ……弁慶さんを一人にはしたくない…』


望美さんは子供を産むことは譲らなかった。

そして…望美さんはみごとに出産に耐えた。

望美さんに瓜二つの元気な女の子を産んだ。

この時が…永遠に続いてほしいと思った…無理なことだけど、願わずにはいられなかった。



「っ…望美さんっ…望美っ…」



僕は死ねない。


この子がいるから、君との愛しい娘を守らなくてはいけないから。


そして、この子が大きくなった時に母上がどんな人だったか教えてあげなくてはいけないから。


清くて、正義感が強くて、優しくて、少しだけ涙もろい君のことを…。


だから、君の傍にはいけない。


でも…いつか僕が天へと召される時、その時は君に迎えに来てほしい。


それまで…僕は生きる。


この止まることのない涙を、強さに変えて。






END

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