短編

□咲き誇る桜
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咲き誇る桜












悲しくても、辛くても、時間は進んでいく。

君がいなくなったというのに京は毎年、春になると桜が咲き誇る。

望美さん…君と二人で見た桜を、今は七つになった娘と一緒に見ることが定着しつつある。

君がいなくなった翌年は、もう桜なんか見たくないとさえ思った。

桜はどうしても…君との思い出が鮮明に蘇る。

君の傍に行きたくて…君がいないことが受け入れられない僕には桜を見ることが辛かった。

春が嫌いになった。

そんな時、君がいなくなって何度目かの春が来た時にあの子が言った。


『父様、桜ってとても綺麗ですね。私、桜が大好きです』


望美さんと瓜二つの幼い娘。

成長するにつれて、面影が、声が、望美さんの生き写しのようになっていく。

娘のその一言は…かつて生前に望美さんが言った言葉と重なった。


『弁慶さん、見てください。桜が綺麗に咲いていますよ』

『望美さんは桜が好きなのですか?』

『はい、好きです。私のいた世界でも春になると綺麗に咲き誇って、とても綺麗で…大好きです』


君がそう言うまで、僕は桜を綺麗だ、美しいなど思ったことがなかった。

いや、そんな風に思う心の余裕がなかったのかもしれない。

でも君と共に暮らし始めて、僕は安息というものを手に入れた。

君と見る桜はとても綺麗だと感じた。

そしてもう一度…僕に桜を好きにさせてくれたのは娘のおかげ。

望美さんの後を追いたかった僕を、この世に引き止めてくれた愛しい存在。

僕と望美さんが愛し合った証。

今の僕はこの子のために生きている。

望美さんが残してくれた大切な大切な娘。

もちろん、娘だからといって望美さん本人の代わりになどならない。

代わりにするつもりもない、僕は望美さんを妻として愛して、娘を娘として愛しているのだから。

どちらも僕にとってかけがえのない愛しい人だ。



「父様ー!」



僕を呼ぶあの子の声が聞こえる。

娘は少しぐらい僕に似ていてもいいじゃないかと言いたくなるほどに、望美さんに似ている。

紡がれる声も、望美さんだと勘違いしてしまいそうなぐらい。


「父様っ」

「はい、そんなに慌ててどうしたんですか?」

「あのね!とっても大きな桜の木を見つけたんです!すごく綺麗なの!!」


キラキラと目を輝かせている娘に僕は苦笑した。

愛らしいその翡翠の瞳も、物言いも…彼女とあまりに同じだから。


「…一緒に見に行きますか?」

「はい!行きます!!」


早く、早くと僕の腕を引っ張る娘に思わず笑みが零れる。

彼女がいたらきっと親馬鹿だと言われるだろう、僕は娘が可愛くてしかたがない。

それはこの子が望美さんの娘だからというだけではない。

僕自身、この子の成長を見守って、一緒に過ごしてきて、親としての自覚とともに愛しさが溢れただけのこと。


「父様は桜が好きですか?」

「ええ、好きです。君の母様も桜が大好きだったんですよ」

「母様が?」

「はい。僕も彼女と見るようになって桜が好きになったんです」


まだこの子には、望美さんのことは詳しく話していない。

別の世界からやって来た白龍の神子であったこと、源氏の神子とも呼ばれていたこと。

そして僕は彼女を守る八葉の一人で、元源氏の軍師であったことも。

もう少し…もう少しこの子が大きくなったら話そう。

僕のこと、望美さんのこと、二人が出遭って愛し合ってこの子が生まれたことを。


「父様、手を繋いでいいですか?」

「ええ、もちろん」


ぎゅっと握られた小さな手。

伝わる温かさが、僕を満たしてくれる。

望美さんはもういない、でも僕は前に進める。

この温もりを守るために、そして僕がこの子を大切で見守りたいと思うから。

だから…まだ君の元にはいけない。


「あっ。そういえばこの間、父様が留守の時にヒノエおじ様が来ました」

「ヒノエが?何か用だったんですか?」

「いいえ、ただ会いに来ただけだと言ってました」

「…そうですか」


望美さんがいなくなってからというもの、かつての仲間達はよく僕の元に訪ねてくる。

心配してくれていたんだろう、悲しみで虚ろになっていた僕を。

特に、朔殿とヒノエはこの子が赤子だった時は本当に頻繁に来てくれた。


「感謝しなくてはいけませんね…」


僕は一人ではないのだ。

この子がいて、たくさんの仲間達がいる。

そして望美さんという女性に出遭えた、僕はきっととても幸せ者だ。


「父様?どうかしたんですか?」

「いいえ、ただ幸せだと思っていただけですよ」

「私も父様がいてくれてとても幸せです、きっと母様も父様と出遭えて幸せだったと思います」


…ああ、どうしてこう母娘そろって僕を泣かせるんでしょう。


「と、父様っ!?どうしたんですかっ、泣いて…」

「…嬉し涙ですよ……っ…」

「父様…」

「すみません、情けないですね…こんな…」


この子には、弱い所なんて見せたくなかったのに…。


「父様、泣いていいんですよ…」


私がいますから…と紡がれた言葉に、まるで枷が外れたように涙が溢れてくる。

これではどちらが大人か分からない。

必死に背伸びをして僕の涙を拭おうとする娘は、まだ七つだというのに大人びて見えた。

しばらくして、やっと涙が止まった僕は少し涙ぐみながら微笑んだ。



「ありがとう…桜が涙を誘ってきたんですよ」



泣いたのは望美さんがいなくなってから初めてだった。

涙はあの日にすべて枯れてしまったと思っていた。

でも違った、僕が自分を戒めていただけだったんだ。



『…弁慶さんは自分に優しくしてあげて…』



そう、彼女が囁いたような気がした。


望美さん…僕は幸せです。


君との出逢いが、すべての始まり…。







END

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