短編

□二人の時間
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二人の時間












千尋がこの世界、豊葦原に再び平和を取り戻して、半年が経とうとしていた。

次第にかつてのような美しい豊かな土地の戻ろうとしているこの世界に人々は皆、助け合い生きている。

剣を交えた常世の国とも、アシュヴィンが新たな皇となったことで和平が結ばれた。

そして千尋は中つ国の王として即位した。

千尋の王としての働きぶりは、皆が感心するほどだった。

寝る間を惜しんで責務をこなし、辺境の地へ民の為に出向く事もある。

そんな千尋を民達は心の底から慕い、安息という名の日常を手に入れたのだ。

しかし、自分の体調を気遣うことなく働いた千尋はついに倒れてしまった。

かつての仲間達も心配して千尋の元に手土産などを持参して訪ねて来た。

それには千尋も喜び笑顔を綻ばした。

だが、どうしても顔が暗くなってしまう気がかりなことがあった。

他でもない、那岐と一緒に過ごすことができないことだ。



「ねえ、風早。那岐知らない?」



体調を崩した千尋は自室で休んでいた。

そこにやって来た風早に、ずっと会いたくてしかたがない愛しい人の事を尋ねてみた。


「那岐ですか?那岐は出掛けていたみたいですが、先ほど帰ってきましたよ」

「そう…会えるかな?」

「呼んできましょうか?」

「うん、お願い」


遠ざかる風早の後姿を見送りながら溜息を零れた。

那岐と想いが結ばれて、これからはずっと一緒にいられるとそう思っていた。

しかし現実はそんなに甘くはない。


「……あの世界にいた頃の方が…一緒にいられたなぁ…」


――覚悟はしていたけど、やっぱり大変…。

王というのは名ばかりじゃない。

たくさんの責務の追われる毎日。

でも、大変だけど、それはこの国が平和な証拠。

あの必死に中つ国を取り戻すために戦っていた日々に比べれば、こんな忙しさ全然苦じゃない。

けど…時間が減ったの。

みんなと…那岐と…過ごせる時間が減ってしまったの…。


「どうして会いに来てくれないの…?」


忙しくてなかなか会えないのは仕方がない。

しかし、同じ橿原宮に暮らしているのだから会えないことはないはずだ。

でも、どうも避けられているような気がするのだ。

那岐が千尋の部屋に訪ねてくることは滅多になく、いつも千尋が那岐に会いに行く形になる。

確かに想いが結ばれて、恋人になったはずなのに距離が離れた気がするのだ。


「私のこと…嫌いになっちゃったの……?…那岐…」


零れた言葉と共に、頬に一筋の涙が流れ落ちた。





* * * *






現在、那岐は王族の者として千尋を補佐する中つ国の重臣として生活している。

一時的であったが、王として即位していた那岐の顔は広い。

王の名代として常世の国に出向いたり、千尋ほどではないが忙しい日々を送っている。

千尋と那岐の関係は狭井君を初めとする重臣たちは知っている。

しかし、重臣達は今は千尋が婚姻を結ぶことよりも国を立て直すことが優先だとい考えだ。

王族の血筋である那岐は千尋の相手としては認めれている。

いつかは結婚して…という流れにはなるのであろうが一体いつになるのかわかならい。

普通の高校生のカップルの様に、人前でいちゃつく事などもできるわけない。

強くて、清く正しい、王として自覚が求められているのだ。

それを分かっている那岐だからこそ千尋との距離を取ってしまうのだった。



「はぁ…全く…橿原宮じゃゆっくりと昼寝もできやしない」



隠すことなく大きな溜息を零したのは那岐だ。

さっきまで所要で宇陀まで出向いていてやっと橿原宮に戻ってきたのはいいが、この場所は息が詰まる。

元々、人込みな賑やかなのを好かない那岐にとって橿原宮は休める場所ではなかった。

一人になりたくて、橿原宮の裏手にある畝傍山(うねびやま)へと気がついたら足を運んでいたのだ。

ここはあまり人は寄り付かなくて、絶好の昼寝ポイントだ。


「…疲れた」


さあ、寝よう…と瞳を閉じかけたその時、カサッとひと気を感じて反射的に那岐は寝転んでいた身体を起き上げた。

そして現れた人物を確認して先程よりも大きく、そして嫌そうに溜息を零した。

映える青い髪に、いつも笑顔を浮かべているその顔は知りすぎている。


「…風早か……僕に何か用?」


起き上げた身体を再び地面へと戻し、視線を合わせることもなく尋ねた。

邪魔だからどこかに行ってくれ、と牽制をかけたつもりだったがそれに動じる風早ではない。

千尋と那岐と風早は長い間、異世界で共に暮らしていたのだ。

相手の性格も良くわかっているし、顔色を伺えば考えだって何となくだが分かるのだ。


「探しましたよ那岐。橿原宮にはどこにもいなくて、もしかしたら此処ではないかと思ってきたら当たりでしたね」

「そんなことは聞いていないよ。何か用?」

「ええ。千尋が呼んでいますよ」

「……」


途端に顔を暗くして黙り込んだ那岐に、おや?と風早は首を傾げた。


「那岐?」

「……」

「どうしたんですか?」

「……千尋には…会えない」


まるで呪文のように、自分に言い聞かすように那岐は言った。

眉をしかめて、少し唇を噛み締めているその様を、風早はよく知っている。

それは那岐が何かを抱え込んでいたり、我慢をしている時にする顔だ。


「…俺でよければ相談に乗りますよ?」


那岐が誰かに相談なんてする性質じゃないことは分かっている。

だが、風早はずっと千尋と那岐の保護者代わりとして向こうの世界で共に暮らしていた。

千尋が可愛いのはもちろん、那岐のことだって想っているのだ。

一人で抱え込む所があると知っているからこそ、力になってやりたい。


「いいよ、別に…」


そう返されるのは承知の上。


「俺達は一応、家族でしょう?それに那岐の悩んでいることは、ほぼ確実に千尋が絡んでいる。心配なんですよ、千尋が」


本当は心配なのは千尋だけではなくて那岐もだが、こう言うことで那岐は話さなくてはいけなくなる。

二人の間に血の繋がりなどないが、あの世界では周りにはイトコ同士と説明して暮らしていた。

そに間に家族愛が芽生えたなどいい難いが、信頼は生まれた。

那岐は風早に視線を向けて、少し俯きながら頭を掻いた。


「お節介だよな、あんたも千尋も」

「はい。俺がお育てした姫に間違いはありませんから」


にっこりと笑みを浮かべる風早に、那岐は渋々といった感じで口を開いた。


「…耐えられないんだよ」

「耐えられないとはどういうことですか?」

「…あんたに言うと、発狂しそうだけど?」

「それは興味深いですね。俺が発狂するなんて、どんなことですか?」


この男には牽制は効かない。

面倒くさい…と思いながらも諦めて話を続けた。


「ほしくなるんだよ…千尋が…。傍にいたら駄目だ…触れたくなる、抱き締めて…それ以上のことをしたくなる…千尋は僕のものなんだって、証を刻みたくなる…」


心が身体が欲しているのだ、千尋という愛しい少女を。

傍にいたら、ただ口付けだけで抑えられる気がしない。

抱き締めて、唇を塞いで、押し倒して…一線を越えたくなる。

ただの男に成り下がって、愛する女を愛したい。


「……はぁ……何、あんたにこんなこと話してるんだか…」


この溢れるばかりの想いを伝えるのは、千尋にすべきことだ。

風早に話したところで、何も解決はしないのだ。

でも、話したことで少しだけ心が軽くなった気がした。

今日は昼寝はできそうにないと、そろそろ橿原宮に戻ろうと立ち上がり風早に背を向けた。


「那岐」


後ろから掛かった声に振り返ることはせずに、「何?」とだけ答えた。

風早千尋を溺愛している、何か文句の一つや二つ言われるのかと思ったがそうではないようだ。


「千尋はきっと那岐と同じ気持ちですよ」

「そうだといいけどね」

「俺がお育てした姫に間違いはありません。…千尋を…頼みましたよ?」


当たり前だと言わんばかりに、那岐は笑みを零して頷いた。

まるで花嫁の父親と、その花嫁の恋人の会話のようだ。

あながち間違ってはいないのかもしれないが。

畝傍山からの岐路で橿原宮を見渡しながら、那岐は思った。

これが千尋の国なのだ、これが千尋の背負うものなのだと。

たった一人の少女が背負うには大きすぎるものだ。

千尋が悩んだ時、辛い時、泣きたい時、傍にいるのが自分でありたいと願う。

瞳に決心を宿しながら、那岐は橿原宮の千尋の元へと向かった。



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