短編

□支え合うこと
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支え合うこと









仕方ないんだってわかってる。

アシュヴィンが私に構ってくれないのは、毎日追われるように責務をこなしてくたくたに疲れているから。

常世の国の皇で、そして中つ国の王である私の夫である彼は今、きっと世界で一番忙しい人なのだろう。

山のような膨大の書類を整理したり、寝る間も惜しんで働いている。

中つ国の王で、常世の国の皇の妃である私もしなくてはいけないことがたくさんあるはずなんだけど…。

アシュヴィンが私の仕事を肩代わりしてくれているお陰で、私の方は随分と楽な毎日を送っている。

それは私の身体を気遣ってくれているアシュヴィンの配慮。

そう…私の身体には新しい命が宿っている。

中つ国と常世の国の、私とアシュヴィンの血を受け継ぐ命が…。

妊娠しているとわかった時、私は一番にアシュヴィンに伝えた。

嬉しくて、つい緩んでしまった口を押さえながら、きっと喜んでくれると思って。


『…子供…か…』


子供ができたと伝えた時、アシュヴィンはそう言ってすこし顔を曇らせた。

てっきり喜んでくれるとばかり思っていた私は不安になった。

…アシュヴィンは子供がほしくなかったの…?と…。

そんなこと怖くて聞けなくて、私の仕事の仕事を肩代わりするようになったアシュヴィンは忙しくてろくに夫婦の会話も成り立たない。

いつの間にか時間だけが過ぎて、気がつけば臨月に差し掛かった。


「ふぅ…」


千尋は大きなお腹を抱えながら、寝室のベットに腰掛けた。

新婚の頃は、このベットでアシュヴィンと一緒に寝ていたが今は別々だ。

『一人の方がよく眠れるだろう?』と、そう言われて言い返せなかった。

一人のはずがよく眠れるなんてそんなわけない。

二人で身体を寄せ合って、包み込まれるように抱き締められて眠ることが千尋は好きだった。

アシュヴィンが母体を気にかけてそう言ってくれているんだとわかってながらも、寂しく感じた。


「…アシュヴィンの馬鹿…私の気持ち何もわかっていないんだから…」


子供のことだってアシュヴィンは本当は望んでいないのではないか。

そんな不安が脳裏に過ぎる。

もうすぐ、子供が生まれるというのにこんな気持ちでは初めての出産は不安で仕方ない。

千尋は元々豊葦原の人間だが、あの那岐や風早と共に過ごした世界の記憶や生活が身に付いている。

医療だって、此処と向こうの世界では全く違うのだ。

出産…そして子育てと、考えれば考えるほど不安は溢れてくる。



「誰が馬鹿だって?」



えっ?と千尋が寝室の扉の方に視線を向けるとアシュヴィンが立っていた。

物音一つたてずに、一体いつの間にという感じだ。


「もう!ノックしてっていつも言ってるじゃない!」

「そう怒るな、腹の子に障るぞ」


悪びれた顔一つもせず、アシュヴィンは千尋の隣に腰を下ろした。

そして、ふぅ…と溜息を零すとベットに仰向けに寝転んだ。

働き詰めで疲れているのだろう、千尋は心配そうに覗き込んだ。


「…ごめんね…私の分も働かせちゃってるから…」

「いや、存外忙しいのも悪くはない。お前が気にすることはないさ」


平気だと、そう言っているが目の下には隈が出来ている。

それに、少し痩せたようにも見えた。


「ねえ…ちゃんと寝てる?ご飯も食べてる?」

「休みなら適度に取っているさ、お前は自分が毎日昼寝して、飯を食いすぎているから、俺が疲れて見えるのだろう?」

「なっ…!もう酷い!!」


確かに驚くぐらい体重も増えたし、寝むくなるけど…!


「知ってるか?子を生むと、増えた体重を元に戻すのはさぞ大変だそうだ」

「どうしてそんなに意地悪ばっかり言うの!?」


もう知らない!と頬を膨らませて、プイッと顔を逸らした千尋にアシュヴィンは笑った。

まだ初々しい妃をからかうことはアシュヴィンの楽しみのひとつでもある。

しかし、あまり怒らせて興奮させてしまうことは身重な千尋によくないだろう。

早々に退散するかと、アシュヴィンはベットから起き上がり寝室を去ろうとした。

…が、それは千尋に背後から抱き締められる形で止められてまう。


「待って…行かないで」

「…お前はもう休んだ方がいい」

「それならアシュヴィンも一緒に休もう?今日の仕事は終わったんでしょ?」

「だが、お前は一人の方が…」


アシュヴィンの言葉に千尋は小さく首を振った。


「一人じゃ眠れない…アシュヴィンと一緒がいい」

「千尋…」


千尋がそっと抱き締めていた腕を解くと、今度はアシュヴィンは振り返り抱き締めてきた。

そして、触れるだけの優しい口付けを贈った。


「俺も…お前と一緒じゃないと寝付けない、もっと同じ時を過ごしたい」

「うん…!」

「そして…もう一人……子供もな」


アシュヴィンの手がそっと千尋の腹に触れて、温もりを確かめるように撫でた。

その瞳は慈しみと愛しさが滲んでいた。

早く子供に会いたいと、そんな父親の顔をしていた。



…なんだ、アシュヴィンの私と同じだったんだ…。


子供が愛しいけど、初めて親となることの不安。


嬉しいはずなのに、どうしたらいいかわからないもどかしい気持ち。




「アシュヴィン」

「ん?」

「子供…ほしかった…?」

「当たり前だろ。…千尋との子なのだから、愛しいに決まってる」



その言葉に、千尋は嬉しそうに微笑んでアシュヴィンの背に手を回した。



「私も!」







END









子供ネタ多くないかって?

すみません、子供好きなんです。
子供って夫婦の幸せの証かなって。

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