短編
□愛は伝えるもの
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愛は伝えるもの
ある日、いつものように目覚めた朝、ふと思った。
隣には無防備な顔ですやすやと眠る愛しい妻、いつまでこの朝を向えることができるのだろうと。
望美さんがこの世界に残ってくれて三年、新婚気分はとっくに満喫したし、そろそろ子供でもと考えている所。
まだ見ぬ未来は幸せいっぱいだというのに、僕は一つの不安に襲われた。
好きだという想いを先に伝えたのも僕で、求婚したのも僕なのに、胸が張り裂けそうなぐらいの愛情を望美さんから感じる。
恥ずかしがり屋な彼女は滅多に僕に好きだと、ましてや愛してるなんて言ってくれない。
それなのに、心地いいぐらいの強い愛情を向けられていると感じた。
もちろんそれは嬉しいことなのだが、だからこそ不安があった。
「…えーと…何を書こうかな…」
僕は筆を取り、広げられた真っ白な紙に言葉を残そうとしていた。
今はいい、けれどいつか僕の命を尽きる時は必ずくる。
それはどんな形かはわからない、病気か、事故か、それとも老衰か…。
人は死から逃れられない、それは仕方のないことだ。
限りある人生を望美さんと歩めることができる僕はきっと世界一の幸せも者だ。
死が不安なわけじゃない、不安なのは……望美さんを残して逝くこと…。
『これは白龍の逆鱗と言って、時空を越えることができるんです』
夫婦の契りを交わした夜に彼女が教えてくれた。
望美さんはその白龍の逆鱗を使い何度も時空を越えたのだと、僕を助けるためにも…時空を越えたと…。
もし僕に何かあって命が失われでもしたら、きっと彼女は再び逆鱗を使って運命を変えるのだろう。
しかし、それでも僕が老いて命が尽きた時ならどうだろう。
応えは否、その時は逆鱗を使うまい。
使った所で時間の無い命を長引かせることなんてできない。
女性であり、ひと回り近く年下の望美さんは、普通に考えれば僕より長く生きるだろう。
だから不安なのだ、彼女を残して逝くことが不安で心配で仕方ない。
夫婦となって三年しか経っていないのに、今からそんな先のことを考えてどうすると自分でも思う。
でも、今から少しずつ書き始めて彼女の為に文を残そうと思ったのだ。
これは、いわゆる遺書だ。
「……こんなの書いてるところを見つかったら…怒られるんだろうなぁ…」
望美さんへ
――まず、初めに……君をとても愛していますよ。
今だから正直に話します。
出遭った時はこんな娘が白龍の神子?と思ったりもしました。
でも、君はいつも僕の予想を遙かに超える、そんな人でした。
惹かれているなと気付いた時にはもう駄目でした、好きで好きでどうしようもなくなっていた。
好きですよ、大好きです。
君と出遭えなかったら、きっと僕は生涯一人でした。
愛しています、愛してます、止まることなく溢れるばかりのこの想いを自分で持て余してしまうぐらい…愛しています。
「……はぁ」
筆を止めて文を読み返してみるが酷い文だ。
これでは遺書というより、恋文と間違われてしまっても文句は言えない。
もう一度初めから書き直そうと思い、文をくしゃっと丸めてポイっと背後に投げ捨てた。
書き始めはどうしようか、何を書きたいか、頭を悩ませている間に僕はいつの間にか眠ってしまった。
次に僕が目を覚ましたときは望美さんの膝に頭を預ける形となっていた。
所謂、膝枕というやつだ。
「あ、目覚めましたか?」
「…はい、いつの間にか眠ってしまっていたみたいです。もう日も落ちていますね」
「ご飯、作っておきましたよ」
「手伝わなくてすみません…」
「いいんです、そんなこと!私…弁慶さんの奥さんだし」
少し照れながら頬を染める望美に愛しさが込み上げてくる。
弁慶は頭を望美の膝に預けたまま、手を伸ばして顔を近づけさせて唇を触れ合わせた。
恥ずかしがりながらも望美は口付けを受け入れて、酔いしれる。
「あ!そういえば、これ!」
望美が差し出したモノに、弁慶は思わず身体を起き上がらせる。
それは、さっき弁慶が丸めて投げ捨てた遺書だ。
くしゃくしゃな紙の皺は望美の手で伸ばされていて、書かれている内容はしっかりとわかる。
「あ、え…と、その、これはですね…」
遺書など見つかっては望美に何を言われるかわからないと、口ごもる弁慶に望美は首を傾げた。
「?どうしたんですか」
「いえ…その文は…」
「…これ…恋文…ですよね?」
遺書ではなくて恋文だと勘違いされているようだが、弁慶にとっては好都合だった。
もし遺書だとわかってしまっては怒らせるか、悲しませることになっていたであろうから。
「…ええ、恋文です。失敗作なので捨てたんです」
軍師をしていたせいだろうか、顔に出すこともなく嘘をついてしまう。
望美には基本的に嘘はつかないが、これは例外だ。
その笑顔を守るためなら、嘘だって隠し通してみせよう。
「あの…嬉しいですけど、私は文より言葉で言ってほしいです」
「言葉で…ですか?」
「はい…だって文に想いを乗せるのは口にだして言っていない想いがあるからでしょう?それなら、口で言葉にして伝えてほしいです」
「…そうですね、君の言う通りです」
遺書なんていらない。
残したい言葉があるなんて思わないように、今から君に伝えればいいんだ。
好きだという気持ちも、愛しているという想いも…全部僕の口から君に伝えよう。
「望美さん」
「はい?」
「愛していますよ」
END