短編

□愛故に
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こんな幸せが待っているなんて思ってもいなかった。

戦の世に身を置き、罪を重ねて来た僕には未来なんて望んではいけないはずだったのに。

君がいてくれたから…君と出遭えたから、僕は今こうして生きている。

あまりに幸せすぎて溶けてしまいそうだ…なんて言ったら君は笑うかな。

でも本当にそれぐらい幸せなんですよ。永遠の愛なんてないと思っていたけど、君となら信じられる…歩んでいける。










愛故に










「べんけーさんっ、べんけーさん」

「はい、はい。どうしたんですか、僕の眠り姫?」


気だるい身体を預けるようにベットにうつ伏せで寝転んでいる望美は、先に起き上がってしまった夫を手招きで呼び寄せた。

寝ぼけているのか、喋り方がどこか舌ったらずになっている。

昨夜の情事のせいで肌蹴てしまって、晒されている背中を隠すように布団を掛けてやった。

二人が夫婦となったのは、望美が高校を卒業したのと同時だった。

周りからはまだ十代の望美に結婚は早すぎるという声が飛んだが、二人の仲睦まじさを見たら誰も何も言えなかった。


「もう仕事行っちゃうの…?」

「ええ、遅刻するわけには行きませんから。これでも周りの信頼は厚いんですよ」


この世界に、望美の元に残ると決めた時、白龍からの贈り物だろうか戸籍や仕事といった必要最低限のものはまるで初めからあったかのように存在していた。

弁慶の頭には瞬時にこの世界の情報や知識が流れ込んできたらしい。

お陰で何も不便することはなくこの世界で生活を送れている。


「…白龍が弁慶さんに仕事を用意してくれたのは嬉しいけど、何もお医者さんじゃなくても…」

「元々、薬師でしたからね…。僕には向いていますよ」

「っでも…!……偉いお仕事だってことはわかってます。けど…忙しくて、家に帰ってこない日も多いし…」


寂しいです…と、しゅんとした顔で俯く望美にあまりの愛しさで抱き締めてしまいたい衝動に駆られた。

けれど今の望美を抱き締めてしまえば、止まらなくなってしまうということは弁慶にも十分予測できた。

弁慶は内科の医師で、一日の数件の手術も行うことも珍しくない。

人の命を預かる大事な仕事で、責任だって重大だ。

だからいくら新婚でも、妻が寂しいと言っても、休んだりだりさぼったりするわけにはいかないのだ。


「望美さん…」

「…ごめんなさい、困らせちゃいますよね…。私は大丈夫ですから、お仕事頑張って下さいね」

「今日はできるだけ早く帰ってきますから、君が寂しいなんて感じられないぐらい愛してあげます…」


望美はボッと顔を真っ赤に染め、その反応に弁慶は満足そうに微笑んだ。

愛しくて愛しくてしかたない妻の額にそっと口付けをして弁慶は仕事へと向かった。

「いってきます」と言う言葉に「いってらっしゃい」と返すと、ああ…夫婦になれたんだなと実感する。

結婚式で永遠の愛を誓い合った時に感動のあまりに大泣きしてしまったことは記憶に新しい。

涙が止まらなかった望美を弁慶は嬉しそうに抱き締めてやった。

弁慶の素性は幼い頃に両親を亡くした天涯孤独の青年ということとなっている。

もうあの世界には戻れないのだからあながち間違ってはいない。

だから彼の家族となってあげたいという望美の気持ちはとても強かった。

結婚して一ヶ月。まだまだ新婚と呼ばれる二人だったが、弁慶の忙しさもあってハネムーンもまだである。

今度長い休みを取りますからその時に行きましょうねと言われているが見通しは立っていない。

望美は別にハネムーンに行きたいわけではない、ただ結婚したのだからもっと一緒にいられると思っていたのに…という気持ちが拭えないだけだ。


「…私も…働こうかなぁ」


高校を卒業して大学へ行くつもりだったが、家にいてほしいという彼の願いを聞いて専業主婦となった。

しかし昼間は弁慶は仕事で留守だし、友人達は大学や専門学校、または就職しているのが殆どで専業主婦なんて望美一人しかいなかった。

つまり暇で暇で仕方がないのだ、家事だって立派な仕事だがそれでも時間は有り余る。


「…弁慶さんよりも早く帰れる仕事だったら別にいいよね」


それらな帰宅した弁慶を出迎えることもできるし、晩ご飯を作って待っていられる。

思い立ったら望美の行動は早かった。ハローワークへ行き、さっそく仕事を探し始めたのだった。

弁慶の帰宅時間は日によって違うが、早い時でも夕刻は回っている。

それよりも早くだから五時ぐらいにまでに終わる仕事なら大丈夫だろうと、選んだ仕事は近所にある小さな株式会社の事務だった。

正社員ではなくて非常勤なので、毎日仕事があるわけではなく週に三、四日。

これなら無理もなく続けられそうだと、その夜帰宅した弁慶に望美は嬉しそうに話した。

明日には面接を受けに行くんですと笑顔で話す望美とは対照的に、弁慶は顔をしかめた。


「駄目です、君は働かなくていいです」

「えっ!どうしてですか!?」

「別に生活には困っていないでしょう?」


確かに医師である弁慶との暮らしはそんなに贅沢しなければ困ることはないが、ただ養ってもらうだけというのも嫌だ。

夫婦なのだから、家族なのだから、お互いのことを支え合いたいと思う。


「昼間、暇なんです。それにただジッとしているだけなんて嫌です」

「…駄目です。君は家にいてください」


この話はもう終わりですとでも言いたげな弁慶に、望美も少しカチンときてしまった。

駄目だ駄目だと思いながらも、どこか口振りが喧嘩腰となってしまう。


「…別にいいじゃないですか、弁慶さんに迷惑はかけません。私の勝手です」

「望美さん…」

「夫婦だからって何でも弁慶さんの言うことを聞かないといけないんですか?」


ぷいっと拗ねたように視線を彼から逸らしてしまった。

本当はこんなんじゃなくてもっと大人の対応をしたいのだ、大人な彼と見合うような女性になりたい。

でもどんなの大人ぶってもまだ十八歳で、心はまだまだ子供なのだ。

家で一人でいると暇なのは確かだけどそれでけではない。

病院で働いている弁慶の周りには綺麗な看護婦や女医がいる。

いつか自分の傍から離れていってしまうのではないかという不安が積もる。


「…僕のこと…嫌いになっちゃいましたか」

「っ…どうしてそうなるんですか!」


いきなり話が変えられかと思ったら、そんな悲しそうな顔でそういうことを言う。

大人のくせにずるい男だ、望美がその顔に弱いと知っているくせに意図的にしてくる。


「僕は君がいてくれるだけで幸せなんです…他に何も望んでいません」

「そんなの…!私だって、そうです…」


コツンと額を合わせてお互いを見詰め合うと次第に唇が重なった。

喧嘩していたわけではないけれど、まるで仲直りのキスの様だった。

弁慶が啄ばむように口付けを繰り返すと、望美が思わずクスッと笑ってしまった。


「ふっ…もう、くすぐったいです」


唇だけではなく額や首筋、耳たぶにも口付けをされて、くすぐられているみたいで身を捩ってしまった。


「望美さんは意地悪ですよね」

「へっ!?私のどこが意地悪なんですか!意地悪なのは弁慶さんでしょ!」

「君を他の男の目に晒したくないんです…だから大学にも、働きにも行かなくていいんです」


そんなの思いっきり自分勝手な言い分じゃないですか!!という望美の言葉は口付けによって飲み込まれてしまった。

さっきの啄ばむような優しいものではなくて、まるで奪うような口付けだった。


「んっ…」


舌を甘く絡ませられて、思わず身体の力が抜けてしまった。

弁慶は立っていられなくなった望美の膝下に腕を通して軽々と抱き上げると寝室へと姿と消した…。







* * * *







翌日、目を覚ました望美は一瞬状況が理解できなかった。

昨夜何があったのか思い出すと、爪先から熱がかーっと頭のてっぺんまで上ってくるのを感じた。

恥ずかしくなってベットの上の枕に顔を押し付けた。

弁慶という人が情熱的な人だということを、改めて思い知らされた昨晩だった。

彼らしくなくとても一方的だったけれど、数え切れないぐらいに口付けをされて、耳元では何度も何度も「愛してます」と囁かれた。

身体中のいたるところに紅の印が残されていて、それは首筋も例外ではない。


「っ〜!これじゃあ、面接に行けないよ!弁慶さんの馬鹿ぁー!!」


すでに仕事に行っている夫に向かって望美は叫んだ。

その夜、帰宅した弁慶は口を聞いてくれない妻の機嫌を治すことに必死だったという。

他の男の目に晒したくないのも自分だけを見ていてほしいと思うのも愛故に。







END






くう様リクエスト。
夫婦で甘というリクエストだったので、現代で夫婦設定とさせていただきました。
私が書くとシリアスになりがちです。
最後は頑張って甘くしたつもり、です。
気に入っていただければ幸いです。
リクエストありがとうございました。

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