長編

□永遠の誓い
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望美が目を覚ますとそこには弁慶の姿は無かった。

身体は清められ、単も整えられていた。

どこか身体がだるい。


「…弁慶さん」


望美は罪悪感で心苦しかった。

自分が弁慶に九郎を重ねて身を委ねてしまったこと。

どこか辛そうな顔をしていた弁慶の顔が離れない。


「…謝らなきゃ…」


望美はけだるい身体を起き上げた。













++++











この日、弁慶は薬師の仕事を休んでいた。

仕事をする気にはなれなかった。

ずっと、焦がれていた愛しい人のぬくもりが今もはっきりこの手に残っている。

弁慶は京邸の庭で空を眺めながら黄昏ていた。


…後悔はしてない、彼女を抱いたことは。


けど…いいようのない空しさが消えない…。


求められていたのは自分じゃない、九郎だ。


わかっていたはずなのに…。




カタッ…




弁慶が音のした縁側を振り向くと、そこには望美がいた。


「弁慶さん…!」

「…!望美…さ…ん…」


気まずく弁慶は目を逸らす。


「あの…私」

「望美さん」


望美の言葉を聞くのが怖くて、弁慶は遮る。


「忘れましょう…お互い…昨夜のことは…」

「弁慶さん…」


その方がお互いの為だ…。


「…ごめんなさい」

「え…?」

「ごめんなさい…弁慶さん…私が…私がいけないんです…」

「望美さん…」

「ごめんなさい…私が弱いばかりに…弁慶さんや…みんなに迷惑かけて…」


違う…謝るのは僕の方だ。

君を慰めたかったという気持ちの嘘は無いけど、それだけじゃなかったのも本当。

君を僕のものにしたかった…君の気持ちを利用して、抱いたようなもの。

それなのに君は僕を責めもしない…。

本当に君は…。


「…君が謝る必要なんてありません」

「弁慶さん…」


弁慶は望美の方に近づき、そっと頬に手を寄せる。


「笑ってください…君には笑顔が似合います」

「弁慶さん…」

「もちろん無理な笑顔はいりません、僕は…君の本当の笑顔が見たい…」


弁慶が優しく微笑みかけると望美もうっすらと笑顔を見せた。


「そうです、その顔が見たかった…」

「ありがとう…弁慶さん」


言葉とはとても大きいもの。

『ごめんなさい』が『ありがとう』に変わっただけで、こんなに心地いいものになる。

弁慶はやっと少し安堵を感じた。


「あぁ、そういえば望美さん」

「はい?」

「先程ヒノエが来ましたよ」

「ヒノエ君が!?」


弁慶から近いうちに来るとは聞いていたが、こんなに早いとは思っていなかった。

…きっと私を心配して急いで来てくれたんだね。


「今は居間でくつろいでいますよ」

「あ、私が寝ていたから待たせちゃってるんですね」

「ヒノエならいくら待たせても大丈夫ですよ」

「もう、弁慶さんったら…」


いつもヒノエ君にはそうなんだから…と笑った。


「私、ヒノエ君に会ってきますね」

「えぇ、いって来てください」

「それじゃあ…」




パタパタ…





望美の足音が遠ざかりながら弁慶は思った。

昨夜はきっと元の関係には戻れないだろうと思って覚悟までしていたのに、こうして彼女と普通に話せることが、安心
して、嬉しくてたまらない。

まだ少し気まずさは残っているものの、時間の問題だと思った。

しかし、弁慶には別に考えなくてはならないことがあった。

それは――…




















望美が居間に行くと、そこには景時とくつろいでいるヒノエがいた。

景時は「お茶をいれてくるね」とその場を離れた。


「ヒノエ君!」

「やぁ、姫君」

「わぁ、すごく久しぶりだね!」

「あぁ、戦いが終わって俺はすぐに熊野に帰っちゃったからな」


戦いが終わり、ヒノエがすぐに熊野に帰ったのは別当としての立場もあるが、望美の側にいることが辛かったせいもある。

望美の選んだのは九郎だった。

でも、望美のことを想っていたのは九郎だけでなく弁慶もヒノエも他の何人かの八葉もだった。


「来てくれてありがとう、すごく嬉しいよ」

「いや、…思ったより元気そうでよかったよ」

「ヒノエ君…」

「辛かったな…」


ポンっとヒノエは望美の頭を撫でてやった。


「…ありがとう」

「ヒノエ君はどれぐらいこっちにいられるの?」

「それが…、ちょっと今、色々忙しくてさ今日中にはもうここから帰らなくちゃいけないんだ」

「え、そんなに忙しいのに来てくれたの?」

「姫君の為なら当然だろ?」

ヒノエが軽くウインクすると、望美にも自然に笑顔が戻った。


「もう、ヒノエ君ったら…」


望美はちょっと自分をからかうところが弁慶と似てるなと思った。

叔父と甥だが見た目は全く似ていない、けどやっぱり血を感じる所があった。


「望美…」

「ん?」

「…その跡どうした…?」

「え…?」


望美が自分に視線を向けると、首を鎖骨の辺りに赤い跡が無数に付いていた。


「…っ!!」


弁慶との情事の名残…。

望美は驚きバッ…と手で隠す。

その行動は明らかに不自然で、ヒノエは眉を寄せる。


「…望美」

「ち、違うの!ちょっと虫に噛まれちゃっただけ!」


望美は必死に誤魔化そうとするが、それがヒノエに通じるはずなかった。


「誰だ…?」

「ヒノエ君…」

「誰だよ…その跡を付けた奴は…」


ヒノエの拳を握り締め、目には怒りが滲んでいる。


「…そんなことするやつ…一人しかいなかったな…」


ヒノエはポツリと呟き、望美に背を向けた。


「待って!!ヒノエ君!」


望美が止めるのよりも早くヒノエは立ち上がり向かいだした。

そう…弁慶のところに。










++++













いまだ弁慶は庭で空を眺めていた、空を眺めていると落ち着くから。

そして、頭を冷やしてくれる気がしたから。


「おい」


弁慶が縁側に振り向くと、そこには明らかに不機嫌な顔をしたヒノエがいた。

その顔にはどこか怒りが篭ってるように見えた。


「…なんですか?」

「望美と会った」

「…?」


弁慶はヒノエの言いたいことがわからない。

熊野から来たのは望美と会うためなのだから、なぜそれを自分に報告してくるのか。


「あんた…望美に何をした…?」

「え?」


バンッ!!


ヒノエは思いっきり壁を叩いた。


「望美の首筋や鎖骨に付いている跡のことだ!!」


ヒノエは声を荒げ、叫んだ。

弁慶は、あぁ…と納得した。


「彼女を抱きました」


淡々と話す弁慶にヒノエはキレた。


「お前…!!!」


ヒノエは縁側から裸足で庭に降り、弁慶に掴み詰め寄り胸倉を掴んだ。


「彼女を慰める為に抱いただけです」

「てめぇ…!!!」


ダンッ!!!


ヒノエは弁慶を力いっぱい殴った。

殴られた衝撃で弁慶は地面に腰をついた。

ズキズキと痛む頬に手を添え、弁慶は言った。


「…気が済みましたか?」

「…!お前っ…!!」


再びヒノエが弁慶に殴りかかろうとした時…


「止めて!!!」

「「…!!」」


弁慶とヒノエが同時に驚き振り返ると眉を歪ました望美がいた。


「止めてヒノエ君!!」

「望美っ…」


望美は二人の元に駆け寄る。


「大丈夫ですか、弁慶さん…」

「望美さん…」


弁慶を心配する望美にヒノエはさらに苛立つ。


「望美!そいつから離れろ!!」

「ヒノエ君…違うの弁慶さんは…」

「そいつはお前の気持ちを利用したんだ!」

「違うっ!!弁慶さんは優しいから…だから…」

「何で…そいつの事を庇うんだよ!」

「ヒノエ君…」

「っ…!」


ヒノエは歯を噛み締めながら、二人から顔を背け走っていった。


「ヒノエ君!!」


ヒノエを追いかけようとする望美を弁慶が腕を掴み止めた。



「弁慶さん…?」

「望美さん、ここは僕が行きます」

「え?でも…」

「大丈夫ですから」


弁慶は望美に有無は言わせず、ヒノエの元に向かったいった。



















「ヒノエ」

「…」


ヒノエは答えず、黙々と荷物をまとめている。


「もう帰るんですか?」


全く目も合わせず、口も聞こうとしないヒノエに苦笑する。


「…気をつけて熊野に帰るんですよ」

「あんた…」

「はい?」

「…絶対、望美を守れよ。これ以上絶対傷つけるな」

「えぇ、必ず。僕の命に代えても」


弁慶がそう言うとヒノエは、はぁ…と溜息を吐いた。


「あんたやっぱり何にもわかってない」

「え?」

「あんたの命に代えたら意味無いんだよ、そんなことになればまた望美が傷つく」

「あ…」


やれやれとヒノエは首を振る。


「自分の事も大事にしろよな、叔父さん」

「えぇ、まさか君に教えられるとは思いませんでしたよ」

「…望美に、挨拶なしで帰って悪いって言っとけよ」

「わかってますよ」

「あと…またその内、会いに行くってこともな」

「伝えておきます」

「じゃあな」


ヒノエは弁慶の肩を軽くポンっと叩き、熊野に帰って行った。

弁慶はその姿を見送りながら考えていた。

…自分もまだまだだな…と。

落ち込んでいる場合じゃない、これから考えなければならないことがある。



そう…それは


















それは彼女を元の世界に帰すこと。







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