長編

□永遠の誓い
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彼女に元の世界に帰ってほしくない。


そう思う自分がいるのは本当だけど、彼女の為を思うなら元の世界に帰すべきだ。


元の世界に帰ってしまえば二度と会うこともかなわないだろう。


けど…彼女を本当に愛してるからこそ、元の世界に…。














弁慶はヒノエが去っていくのを見送ったあと、庭にいる望美の元に足早に向かった。

きっと心配しているはずだから…。


「望美さん」

「あ…弁慶さん」


望美は一瞬辺りを見渡した。

しかし、ヒノエがいないことを確認すると少し聞きづらそうに弁慶に尋ねた。


「…ヒノエ君は?」


弁慶は望美に不安を与えないように優しく答えた。


「ヒノエは熊野に帰りましたよ、挨拶なしで帰って悪かったと言ってました」

「そう…ですか」


少し悲しそうに俯いた望美に弁慶は言った。


「大丈夫ですよ、次に会うときはいつものヒノエに戻ってます」

「…そうですか?」

「はい、アレでも僕の甥っ子ですからね、ちゃんとわかってくれます」

「ふふ…、そうですね」


弁慶の様子に望美も少し安心して笑顔を見せた。


「望美さん」

「はい?」

「君に…話があります…」


突然、声を低くして少し強張った顔をした弁慶に望美も反応した。


「何ですか…?」

「…ここで話すのもなんですから、居間に行きましょう…」




弁慶に施され望美は居間に向かう。



不安そうな顔の望美に弁慶は「大丈夫です、悪い話じゃありませんよ」と囁いた。




…そう、悪い話じゃない。





君の為の…君の為になる話だから。













++++









居間にいくと、そこには景時と朔がいた。


「あれ〜?ヒノエ君は帰っちゃったのかい?」

「えぇ、熊野は忙しいみたいです」


ね?っと弁慶は望美に微笑んだ。


「そっか〜、仕方ないよねヒノエ君は別当だからね」

「景時」

「ん?」

「丁度いいです、君と朔殿も一緒に話を聞いてください」

「話…?」


弁慶は「えぇ」と頷くと、望美を座るように促した。


「望美さんのこれからのことです」


「っ…!!!」


弁慶の言葉に望美はビクリと反応し、肩を揺らした。


「弁慶…何もそんなに急がなくても」

「そうですよ、弁慶殿!今の望美はゆっくりさせてあげるべきです!」


景時と朔の言葉に弁慶は何も言わなかった。

その後、望美に視線を逸らしながらゆっくりと話し始めた。


「望美さん、僕は君はなるべく早く元の世界に帰ったほうがいいと思います」

「…」

「この世界にいても辛いだけでしょう…?君のご両親や友人たちがいる元の世界の方がいい…」


横で聞いていた朔が「弁慶殿!!」っと言いそうになった所を景時が止めた。

そう、景時には弁慶の今の気持ちが痛いほど伝わってきたから。

どんな気持ちで、望美に元の世界に帰ることを促しているのか…。


「私は…」

「君がこの世界に留まったのは…九郎がいてこそ意味があったはずです」


そう、望美がこの世界に残ったのは九郎のため。

その九郎がいない今、望美がこの世界にいる理由はない。

誰が考えても元の世界に、両親や友達がいる生まれ育った世界に帰ったほうがいい。


「君は元の世界に帰る方法を知っていますか?」


逆鱗は戦いが終わった時に白龍に返してしまった。


「僕たち八葉はすでに宝玉を失ってしまったけど、君と白龍の絆はどうなんですか?」

「私と白龍の絆…?」

「白龍と君が今も繋がっているのなら、元の世界に帰れるはずです」

「…」

「望美さん?」


望美は弁慶の言葉に何も言わなかった。

いや、言えなかった。










…私は…









元の世界には…










帰りたくない……。










黙り込んでしまった望美に弁慶は再度問いかける。


「望美さん…?」


再び問いかけると望美はかすかに聞き取れるぐらいの声で呟いた。


「私…元の世界には帰りません」


望美の言葉に驚きを隠せない弁慶と景時と朔。

もちろん一番驚いたのは弁慶だ。

てっきり望美は早く元の世界に帰ることを望んでいると思っていたから。

しかし、元の世界に帰ることを望んでいると思っていたのは景時と朔も同じで、『帰りたい』ではなく『帰らない』と言ったことに一瞬自分の耳を疑った。


「望美!?何を言っているの!?」

「朔…」

「元の世界に帰らないって…」

「朔は…私に元の世界に帰ってほしい?」

「違うわ!ただ…望美は…」


…九郎殿のいないこの世界にいても辛いだけだから…。


「望美ちゃん」

「景時さん…」

「本当に元の世界に帰らないつもりなの…?」

「はい」


望美の突然の言葉と真剣な顔に景時と朔は顔を見合わせた。

三人の会話を黙って聞いていた弁慶が口を開いた。


「元の世界に帰らない…理由を聞かせてくれませんか?」

「…」

「僕達は、君は元の世界に帰ることが一番いいと思っているんです」

「私…は」


俯いてしまった望美に弁慶はそっと声をかけた。


「望美さん…君を責めているわけではないんです、君の気持ちを聞かせてほしい…」

「弁慶さん…」


望美が顔を上げると、そこにはいつもの優しい笑みを浮かべている弁慶の顔があった。


「…私が…元の世界に帰りたくないのは…」

「はい」


望美は一瞬戸惑ったが、意を決して話し出した。


「…九郎さんの…九朗さんとの思い出があるこの世界にいたい…」


望美の声は震えていた。


「…少しでも…近くに…九郎さんを感じていたいっ…」


声は次第に嗚咽に変わり、瞳からは涙が零れた。


「望美…」

「望美ちゃん…」


景時と朔が望美の側に寄ろうとしたのを弁慶が手で制した。


「すみません、二人とも…少し席をはずしてもらえますか…?」

「弁慶…?」

「彼女と話したいことがあるんです」

「…わかったよ」


景時は朔を連れて居間を出て行った。

……

少しの沈黙の後、弁慶は話し始めた。


「望美さん」

「…はい」

「九郎は…とても真っ直ぐで優しい男です」

「…はい」

「きっと、君には幸せになってほしいと願っているはずです」


だから、元の世界に…っと言う弁慶の言葉を望美が遮った。


「私の幸せは…私が決めることです」

「望美…さん」

「弁慶さんでも九郎さんでもありません、私自身が決めることです」


瞳から零れる涙は、いまだ止まっていないのに、彼女の瞳は真っ直ぐと前を向いていた。


「私は…元の世界に帰るより…この世界にいることを選びたい…」


「気持ちは変わらないんですか…?」

「変わりません…」

「後悔しないんですか?」

「元の世界に帰ったほうが、ずっと…後悔します」



彼女は真っ直ぐな人だ。



きっとこの先もずっと九郎を想い生きていくのだろうか。



彼女には誰よりも幸せになってほしい。



でも、彼女はそれを選ばず自分の想いを貫くことを選ぶと言っている。



今の僕が彼女の為にできることは…











「望美さん」












「はい」


















「僕と一緒に暮らしませんか?」


















新しい風が吹いた気がした。









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