長編
□永遠の誓い
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最近の五条はある噂で持ちきりだった。
“あの弁慶先生が若くて可愛らしい娘さんを妻に迎えた”
争いが終わったが、まだ完全に治安が良くなったとはいえないこの世界。
薬師として凄腕の弁慶を頼る者は多く、その弁慶が妻を迎えたとあっては噂にならないはずがなかった。
望美と弁慶が暮らしているのは五条の小さな小さな家。
小屋とまでいわないが決して屋敷と呼べるほど広くはなかった。
そこで弁慶は毎日、毎日、多くの患者を見ていた。
寝る間も惜しんで、薬を調合する弁慶を見ていて望美も少しばかり弁慶の仕事を手伝うようになった。
すると、患者さんとも関わるようになり自然に噂が広がってしまったのだった。
++++
「ん〜っ」
太陽の眩しい光、雲一つない青い空。
望美は大きく腕を太陽に伸ばした。
「今日もいい天気…」
望美が朝起きるのは早い。
それは、朝ご飯を作ることが望美の役目だから。
カタッ…
望美が振り返ると、そこには明らかに寝起きの弁慶が立っていた。
「おはようございます、望美さん」
「おはようございます、弁慶さん」
朝、こうして挨拶を交わせる人がいるというのはとても心地いいものだと弁慶は感じていた。
たとえ形はどうあれ。
「ご飯まだなんです、すぐ作りますね」
台所へいそいそと行こうとした望美を弁慶が制した。
「そんなに急がなくても構いませんよ、僕も手伝います」
「え!?弁慶さんはお茶でも飲んでゆっくりしていてください!」
「君には毎朝働かせてしまって申し訳ないと思っているんです、ですから…」
「そんな…!私こそ迷惑ばかりかけて…」
クス…
「私たちお互い遠慮ばっかりですね」
「そうですね、僕達は案外似たもの同士ですね」
二人は顔を見合わせて笑った。
「今日は私が作りますから、弁慶さんはまた今度手伝ってください」
「そうですか?ではそういうことにしておきましょうか」
そうしてください、と望美も答えた。
「望美さん」
「はい?」
「今日は…とてもいい天気ですね」
「はい、いっぱい洗濯物が乾きますね」
望美が弁慶と暮らし始めて、それなりに日も経ち、今ではしっかりと家事をこなしている。
たまに料理を焦がしたりしてしまうこともあったが、弁慶にはそれさえも望美を愛しく思わせた。
望美が弁慶と暮らすと決めたことを八葉達に伝えた時、反応はさまざまだった。
景時と朔は望美の気持ちを尊重したいと賛成してくれた。
将臣とは連絡がとれず、敦盛とリズヴァーンは賛成するわけでも反対するわけでもなく黙って話を聞いてくれていた。
そして…反対したのはヒノエだった。
++++
熊野に書状を出し、ヒノエにこの世界に残ることを伝えた。
そうしたら、返事の文ではなくヒノエが直接望美に会いに来た。
「やぁ姫君」
「ヒノエ君…」
ヒノエは望美と目を合わせず話し始めた。
「こないだは黙って帰って悪かったな…」
望美は目を伏せ、首を振った。
「もう来てくれないんじゃないかと思ってた…」
「まさか!そんなわけないだろ」
ヒノエは少し笑って望美の頭を撫でてやった。
「俺が今回ここに来たのは…」
「…」
少しの時間沈黙が流れ、ヒノエは口を開いた。
「…書状に書いてあったことだけど」
…やっぱりそのことだよね。
ヒノエ君はきっと…
「俺は反対だね」
うん、やっぱりそう言うと思ってた。
ヒノエ君はきっと反対すると思ってた。
「でも…私はもう決めたの…」
ここで逃げたらだめだ…。
逃げたらヒノエ君はわかってくれない。
望美は真っ直ぐヒノエと向き合った。
「望美…言い方悪いけど、九郎は過去だ」
「…」
「過去にしがみついたって何も得られない」
九郎のことは過去のこと。
それは望美だってちゃんと分かっていた。
望美はもう神子ではない。
逆鱗だって持っていない。
一度失ってしまった命を取り戻すことはできない。
九郎が望美の元に帰ってくることはない。
「九郎にしがみついて生きることを賛成することはできないよ」
「…」
「…でも」
え?っと望美が顔をあげた。
「この世界に残ることで、望美が自分の新しい道を歩んで幸せになれるなら反対しない」
そういうヒノエの顔は少し微笑んでいた。
「ヒノエ君…」
「探してみなよ、今すぐじゃなくていいから、望美の幸せを…」
新しい道…。
九郎のことが頭がいっぱいだった望美にはそんな考え思い浮かばなかった。
「…そんな道…あるのかな…」
「これから探せばいいんだよ」
これから…探せばいい…。
見つかっても、見つからなくても生きる希望になるかもしれない。
「…そうだね、探してみる」
「あぁ。…でも弁慶と暮らすって言うのは賛成しかねるな…」
「え」
「あんなおじさん止めて、俺と熊野で暮らさない?」
「もう、ヒノエ君ってば冗談ばっかり!」
冗談…ではないんだけどなぁ…。
ふぅ…っとヒノエは溜息を吐いた。
「じゃあ俺はそろそろ行くよ」
「もう行っちゃうの?」
「あぁ、また会いに来るよ」
「うん!」
望美に背を向け、歩き出したヒノエはピタリと足を止め振り返った。
「望美ー!」
周りに気にせずヒノエは大声で叫ぶ。
「お前の幸せは案外近くにあるかもしれないぞ!!」
「ぇ…」
ヒノエはそれだけ言うと走り去っていった。
『お前の幸せは案外近くにあるかもしれないぞ』
望美はこの言葉をすぐに忘れてしまったけど、後に現実のものとなる。
近くある幸せほどなかなか気付かないもの。
でも、もし気付けたらそれはきっと心の糧となる。
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