長編

□永遠の誓い
17ページ/26ページ

ここは仁和寺。

弁慶と景時は鎌倉からの使者と会うために仁和寺に来ていた。

2,3日で終わると思っていたが話が難航し、すでに一週間が過ぎようとしていた。

今日こそは終わらせようと思っていたが、この日も話が決着することはなかった。


「はぁ…」


弁慶は景時と酒を交わしながら、隠しもせず大きく溜息を吐いた。


「弁慶…そんなに溜息つかないでよ」

「溜息の一つぐらいつきたくなります、もう何日ここにいると思っているんですか」


うっ…っと景時は申し訳なさそうに眉を下げた。

予想よりるも長引いている原因は使者がなかなか引かないからである。

意地でも弁慶が軍師に戻るようにと説得してくる。

そして弁慶が何度断っても全く引こうとしない。

おそらく鎌倉殿からきつく言い渡されたのだろうか…

弁慶はぼんやりそんなことを考えていたが、たいしてどうでもよかった。

今、弁慶の頭にあることは全く別のこと…。


「…望美さんどうしているかな…」

「え?今なんて?」

「…なんでもありません、今夜はもう休みます。明日こそは終わらせたいですからね」

「そうだね、明日のために今夜はもう休もうか」


おやすみなさい…と景時と別れ寝所に付くが、なかなか寝付けなかった。

…こんな日が何日続いただんろう。

そうだ、望美さんと離れてからだ、夜寝付けなくなったのは…。

でも…きっと僕だけなんだろうな、こんな風に寂しいと感じているのは…。

そんなことを思いながら、弁慶は眠るため無理矢理目を閉じた。

明日こそは望美の元に帰れることを願いつつ…。

そして夜が更けていく――














++++










少し沈みかけた太陽に心地いい風。

今日も弁慶は帰って来なかった。

この日、望美は朝から朔と出掛けていた。

望美にあまり元気がないことに気付いていたのか、朔が市に連れて行ってくれたのだ。

久しぶりに遠出をして、望美の気持ちも少しは晴れた。

でも、京邸に帰ってきた時、まだ弁慶が帰ってないとわかると落胆の色を隠せなかった。

いつもと変わらない京の景色。

ただ…いつも傍にいてくれた人、弁慶がいないだけ。


「はぁ…」


望美は溜息を零した。


…弁慶さんが景時さんと使者に会いに行ってもう一週間…。

2、3日っと言っていたけど、話が難航しているみたい。

仁和寺にいるのだから会いに行こうと思えば、いつでも会える。

だから、ただ帰って来るのを待っていた。

でも…どんなに近くにいると思っても、やっぱり毎日顔を合わせていたのとはわけが違う。

京邸には朔や女房さんもいる。

だから、寂しいなんて思うなんて変だ…。

私…いつからこんなに弁慶さんのこと気にするようになったんだろう。

もうすぐ、日も沈んでしまう…。


「…の…ぞみ…」

「はぁ…」

「…望美!!」

「わっ!?え…あ!ご、ごめん朔、何?」

「もう、何じゃないわ!さっきからずっと呼んでるのにぼうっとしちゃって」

「ごめん…」


朔と二人で夕餉を食べていた所。

並べられた料理はどれもとても立派な物で普段望美が弁慶に作る料理とは比べ物にならない。

でも、どこか食欲も湧かなくほとんど手付かずだった。


「どうしたの、食欲ないの?」


朔は心配そうに望美に尋ねる。

聡い朔には望美が何も言わなくても、何となく元気がない原因は薄々わかっていた。


「…朔、私やっぱり帰る」

「え?」


突然な望美の言葉に朔は一瞬口をポカンっと開けてしまった。


「ちょ…ちょっと望美!」


ちょっと落ち着いて…と朔が言う前に望美は立ち上がり朔に頭を下げた。


「ごめんね…お世話になりました」

「望美!」


パタパタパタ…


遠のいていく足音。

止める間もなく望美の姿は遠ざかっていった。

唐突な望美の行動に朔も唖然としたままだった。

…でも、なんとなく分かった気がした。

この一週間、望美はうわ言のように物悲しそうに「寂しい…」と呟いていた。

…きっと、いつも傍にいてくれた弁慶殿がいなくて寂しかったのね…。


さて、これからどうしよう。

望美をこのまま一人にするわけにいかないし…と考えていた所、後ろから懐かしい声がかけられた。


「朔!」

「兄上!…弁慶殿!!」


そこにいたのは自分の兄と、ついさっき帰ってしまった親友がずっと待っていた人。


「ただいま、いやぁ〜すっかり長引いたけどやっと使者を説得して…」

「朔殿、望美さんは?」


景時の言葉を遮って弁慶は朔に望美のことを尋ねる。

朔と一緒にいるはずの望美の姿がどこにも見えない。


「あ…それがほんの少し前に突然帰ると言って、帰ってしまいました…」

「…行き違ってしまいましたか…。ありがとうございます、僕も帰ります」


一秒でも早く会いたかった愛しい人。

弁慶は少し焦るように梶原邸を後にしようとする。


「あ、弁慶殿!」

「はい?」


早く言ってくれといわんばかりに、弁慶の口振りは焦りが見えた。


「望美が帰ってしまったのは、きっと…寂しかったからだと思います」

「寂しかった…?」

「そうです、弁慶殿が傍にいなくて寂しかったから、思い出のある家に帰ったんだと思います」

「…まさか」


望美さんが……


僕がいない事を寂しいと…?


自惚れていいのだろうか…。


少しは君の心に近づけたと…。





















++++









「うわ…すっかりホコリ被ってる…」


一週間振りに帰った家は、当然だが誰もいない。

彼方此方にホコリを被り、まるで廃墟のようだと思った。

でも…それでもどこか心が安らぐような気がした。


「…弁慶さんが帰って来た時これじゃあ大変だもん、ちゃんと綺麗にしとこう」


えっとホウキと雑巾どこにしまっていたかな…と呟いた時、


ガラッ


「誰!?」


扉が開く音がして、瞬時に振り返る。

振り返るとそこにはずっと、帰りを待っていた懐かしい人がいた。


「僕ですよ、望美さん」


久しぶりに見た懐かしい顔、懐かしい声。


「弁…慶さ…ん…」

「ただいま帰りました」


ほんの一週間離れていただけ。

それなのに、何年も離れていたみたいに懐かしく感じる。


「梶原邸に君を迎えに行ったらいなくて、朔殿から帰ってしまったと聞きました」


全く…迎えに行くまで待っていてくださいと言ったのに…と、そっと距離を縮め耳元で囁く。


「ねぇ…望美さん、僕が…いなくて…寂しかったですか…?」


自惚れではないと思いたい。

彼女が僕が傍にいないことを寂しいと思ってくれていた。

それを確かな形で確かめたくて、聞かずにはいられなかった。


「…」

「答えてくれないんですか…?」

「…ど…し…て…」

「え?」


声が聞き取れなく、弁慶は望美の顔を覗きこむ。

俯き前髪で顔が隠れ、表情がよく見えない。


「ど…してそんなこと聞くんですか…」

「え…」


バッと顔を上げた望美は今にも泣きそうな顔だった。


「望美さ…」

「寂しかったです!!当たり前でしょう!?ずっと…ずっと一緒にいたのに…」


望美のその顔を見て弁慶は後悔した。

自分の言葉が軽率だったと。

そう、九郎が亡くなってから弁慶はできる限りいつも望美の側にいてこんなに長く離れるのは初めてだった。

最愛の人を失った望美は精神的にもまだ少し不安定で、弁慶を頼りにしてくれているということはわかっていた。

だから、その弁慶と長い時を離れる事はどれぐらい望美を心細くさせたか…。


「すみません…軽率なことを言いました…」


弁慶はそっと望美を抱き締めた。


「僕も…君がいなくて寂しかった…」

「…弁慶さんも…?」

「はい、いつも君のことで頭がいっぱいで話し合いでろくに頭が回りませんでした…」

「弁慶さん…」

「早く…君の元に帰りたくてしかたなかった…」


望美は少し頬を染め、弁慶の胸に顔を埋めた。

そんな望美を弁慶はそっと撫でてやった。


「…弁慶さんがいなくて…寂しくて…怖かったです…」

「望美さん…」


…どうしてこんな風に思うんだろう…。

朔や女房さんだって一緒にいたのに。

弁慶さんが一緒の時は二人でも寂しいなんて、怖いなんて思わなかったのに。

孤独で、一人ぼっちだと感じてしまった。


「…一人は…怖いっ…!」


望美は顔を埋めたまま、弁慶の着物をきつく握り締めた。

まるで、置いていかれないように乞うように。

身体が震えていることに気付き、弁慶は強く望美を抱き締めた。


「…僕はいます」


弁慶の言葉にそっと胸に埋めていた顔を上げた。

すると、そこにはすべてを優しく包んでくれそうな顔をした弁慶がいた。


「僕はずっと…君の傍にいます」

「弁慶さん…」

「使者にもちゃんと断ってきました、軍師には戻らない、鎌倉には行かないと」


不安な瞳をした愛しい人を落ち着かせるように、真っ直ぐ瞳を合わせた。


「ずっと君の傍にいます」

「っ…べん…け…さんっ…」


僕は顔をくしゃくしゃに歪め涙を流す彼女を安心させるため何度も言ったやった。

ずっとずっと君の傍にいます…と。















その夜、弁慶は望美が眠るまで傍らに寄り添っていた。


優しく頭を撫でてやっていると、望美は安心したのか次第に眠りについた。


その日、望美は九朗が亡くなってから初めて熟睡できた。


そして今、傍にある温もりを心地良く感じた。




「君が望んでくれるなら…いつまでも君と一緒にます…」




…たとえ、それが九郎の代わりであっても…。



平気なわけじゃないけど…それでも…



僕は君を愛している。








次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ