長編

□永遠の誓い
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あれから僕と望美さんの距離が縮まった気がする。

どこがとは上手くいえないけど、穏やかな日々が続いた。

こんな風に、これからも…ずっと二人で暮らしていければどれほど幸せなことだろう。

たとえ想いが伝えられなくても、それでもいいと思うぐらい今が幸せだった。

でも…罪深い僕にいつまでもこんな日々が続くわけがないと心のどこかで思っていた。

いつか壊れてしまう日が来るんじゃないかと不安に駆られる夜が何度あっただろう。

…僕はいい。

僕には罪を背負い、償う責任があるから。

でも、彼女は…望美さんにはこれ以上傷ついてほしくない。

穏やか暮らして、もう涙を流すことがないように、幸せになってほしい…。

それだけが僕の願い。




けど、どんなに幸せを願ってもこの世は残酷なものだ。




穏やかな日常はいつも足元から崩れていく…。











ガシャン!


大きな音をたてて皿が割れた。


「…うっ…」


バタバタ…


「望美さん!」


時刻はまだ朝方。

弁慶と向かい合い、朝餉を食べていた望美は突然の吐気に襲われた。

手に持っていた皿は、滑り落ち音をたてて割れた。

望美は口を押さえ縁側に走り、荒い呼吸を繰り返す。


「望美さん…大丈夫ですか…?」


弁慶はそっと背を擦ってやった。

苦しそうに呼吸をする望美に弁慶は眉を潜める。

そう、望美がこんな風になったのは初めてじゃない。


…これで何度目だろう。

最近望美さんの身体の調子が悪い。

初めはただの風邪だと思っていたけど、風邪にしては長引いている。

精神的なことも身体の不調に関係しているんだろうけど、最近の望美さんは元気になった方だと思う。

一つ…まさかと思うことがあったけど、それは…何かの間違いだと思いたかった。


少し呼吸が落ち着いた望美が弁慶のほうに顔をあげる。


「弁慶さん…私、病気なんでしょうか…?」

「……」


いや…まだそう決め付けるには早すぎる…

…一度ちゃんと専門の医者に見てもらおう…。


「望美さん、今日は診療所はお休みします」

「え?」

「僕の知り合いの医師の所に行きましょう」

「え、お医者さん…?」

「はい、…ここの所、ずっと体調が良くならないでしょう?」

「僕の調合した薬では良くなってくれればよかったんですが、どうやら効いてないみたいですから…」


不安げに自分を見つめる望美に気付き、弁慶は優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ…」


そういうことが精一杯だった。

弁慶自身、目の前の現実を背けられるものなら背けたかった。

今の望美との生活を壊したくなかった。











++++











「弁慶さん、どこまで行くんですか?」

「もう少しで着きますよ」


比叡の近くの山奥。

とても人が住んでいるとは思えないような所だが、弁慶は気にせず奥へと進んでいく。

弁慶は歩調を合わせてゆっくり歩いてくれるので、望美に疲れはない。

しかし、弁慶が必要以上に喋らなくてどこか不安を覚えた。


…弁慶さん、どうしたんだろう?


しばらく山奥へと進んでいると、小さな小屋が見えてきた。


「ここですか…?」

「はい、ここです。僕が比叡にいたころ共に薬学などを学んだ友なんですよ」

「弁慶さんの友達…、お医者さんがどうしてこんな所に…?」

「初めは人里は医師をしていたみたいなんですが、彼は昔から人付き合いが苦手で山に篭ってしまったらしいです」

「みたい?らしい?」

「ええ、僕もずっと会ってないんですよ」


あぁ、知識と腕は確かですよ…と付け足された。

まあ、あの弁慶がわざわざ進める医師なら確かだろう。

弁慶が戸を叩こうとした時、ガラッと戸が開いた。


「……」


中から顔を出したのは、この古びた小屋とはあまり合わない風貌の年若い男性だった。

頭は坊主とまでいかないが丸められ、清潔な着物に身を包んでいた。

弁慶と望美を見るなり、一瞬目を見開き、無言で瞬きを繰り返した。


「…鬼若…殿?」


しばらくして二人を凝視した後、そう言葉を発した。


「えぇ、久しぶりですね。今は弁慶と言います」


弁慶の友だという男性は驚き、まだ状況が掴めていない様だった。

それもそのはず、弁慶が比叡を離れてから一度もあっておらず、突然の再会なのだから。


「弁慶殿、どうしてここへ…?」

「貴方に診ていただきたい人がいるんです」


そう言うと、弁慶は望美に視線を移した。


「彼女は春日望美さんといいます」

「こちらの方は…弁慶殿の奥方ですか?」

「あ、私は」

「いえ、僕の仕事を手伝ってくれている助手さんです」


望美が答える前に弁慶がそう口にした。


「望美さん、彼と少し二人で話したい事があります。待っていてもらえますか?」

「え?あ、はい…」

「貴方も…構いませんか?」


弁慶は友に振り返り、神妙な面持ちで尋ねた。

それは、望美に向けたものとは違って、どこか陰りがある声だった。


「…ええ」


そんな弁慶の様子を察したのか、友はすぐに頷いた。















望美を小屋に待たせ、弁慶は友と二人で小屋の近くの河原へと向かった。

小屋の外でならどこでもいいと思ったが、望美に聞かれてしまうことを恐れてかわざわざ遠くの河原まで来てしまったのだった。

耳に聞こえるのは、小鳥の囀りと河原を流れる水の音。

弁慶は自分を落ち着けるように少し息を吐いた。



「突然訪ねてすみません、驚かせてしまいましたね」


「いえ、それはかまいませんが。弁慶殿…話とは?」


「…察してもらえませんか?」


「大体は。しかし、ちゃんと聞いておきたく存じます」




弁慶は今度は大きな溜息を吐いた。


手を額にあて、眉を寄せた。



「…そうですよね、ちゃんと話さなくては駄目ですよね」







俯いていた顔を上げ、何かを決心したように口を開いた。








「彼女が…望美さんが子を宿しているかを診てほしいんです」







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