長編

□永遠の誓い
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泣くことは卑怯だと思った。

僕のような咎人が泣いて許しを請うなんて卑怯だと、最低だと思った。

たくさんの命を奪ってきた僕に純粋な涙を流す資格はない。

だから、僕は泣かない。

泣いても己の犯した罪は消えることも、軽くなることもないんだから。

そう…思っていたのに涙が止まらなかった、抑えることができなかった。

決して泣くまいと誓ってから泣いたのはこれで二度目だ。

一度目は九郎が亡くなった時。

九郎は僕の世界を変えてくれた、僕を一人の人間として認めてくれた大切な友だった。

真っ直ぐで純粋で、一生懸命な彼と一緒にいると、とても心が落ち着いた。

いつしか荒法師と呼ばれていた面影も感じられないほど僕は穏やかになった。

そしてあの日、僕は望美さんと出会った…。

彼女は朔殿の対である白龍の神子だった。

そして僕は…僕が八葉だなんて、なんて皮肉なんだろう。

応龍を滅ぼしたこの僕が…どうして清らかで誇り高き彼女を守る存在なのだろうか。

今までたくさんの人をそうしてきたように、彼女も利用してしまえばいい、そう思った。

けど…彼女の真っ直ぐな心に惹かれ、いつしか愛してしまった。

何かの間違いだと思った、こんな気持ちを抱くのは初めてだったから。

僕でも人を愛すことができるのだと、自分でも驚いた。

友として九郎を大切に思う気持ちとはまた違った暖かい気持ちだった。

望美さんを想っていたのは僕だけではなかった、彼女は形はどうあれ誰をも惹きつける人だったから。

彼女と九郎がお互い想い合っているとわかった時、僕の心は穏やかだった。

あぁ…二人が幸せなってくれればこれほど幸せなことはない、そう思った。

でも…そう思った時、心が痛んだのも本当だ。

望美さんが好きだ…好きで好きで仕方ない、愛している、愛しい、僕のものにしたい。

考えたら考えるほど気持ちは大きくなり、諦めがつかなくなる。

諦められればどれほど楽だっただろう…。

諦めることもできなく、だからといって九郎から望美さんを奪う気になんてなれなかった。

九郎が亡くなっても、彼女の心には九郎がいる。

僕はその気持ちを大事にしてあげたかった、だから自分の想いは告げない。

共に暮らし、朽ちるまで一緒にいれたら幸せだろう。

でも、このままじゃそれすら叶わないかもしれない。


「望美さん」


子供ができたと知ったら望美さんはどう思うんだろう。

彼女と僕の関係は一体どうなるんだろう。


「弁慶さん…?」

「大事な話があります」


どう転ぼうと、きっと今の関係には戻れない―――。










++++






膝をつき、向かい合って座るが、顔は合わせない。

正確には合わせられない。

張り詰めた空気が部屋に流れている。


「あの…弁慶さん?」


話があると言ったものの一向に口を開かない弁慶に痺れを切らし、望美は問いかけた。

そして弁慶は目を伏せたままゆっくりと口を開いた。


「望美さん、月のものは…ずっと来てませんよね?」

「え!?」


突然の弁慶の言葉に望美はカッと顔を赤らめる。


「なっ、何を言い出すんですかいきなり…!」

「君のお腹の中には新しい命が宿っています」

「…ぇ」


新しい…命…?


「最近の君の不調はそれが原因です」


一瞬、頭が真っ白になって弁慶さんの言葉も頭に入ってこなかった。

私に…子供が…?


「赤ちゃん…」


望美は自分のお腹をそっと撫でた。

まだ、ふくらみもほとんどなく子供がいるなんてわからないぐらいだが、不思議な暖かさを感じた。

確かに此処のところずっと身体がだるかったり、吐気があったりした。

でも、ずっと月のものが来ないのも精神的な疲労が原因だと思っていた。


「なるべく…君の身体に負担をかけない方法を考えます」

「え…?」


望美は弁慶が何のことをいっているのかわからない。

身体に負担をかけない?

一体、何の話?


「…子供を堕ろすことは身体にかなり負担をかけますから、なるべく負担をかけない方法を…」

「堕ろす…?」

「はい、お腹の子がこれ以上大きくなる前に…なるべく早くしたほうがいいですね」

「お腹の子を…堕ろすんですか…?」


声が震えた。

声だけじゃない、身体も心も。


「君はそのほうがいいでしょう?」




パンッ!!!





望美は弁慶の頬を思いっきり叩いた。


「望美…さん…?」


弁慶は一瞬何が起こったのかわからなかった。

後から響いてきた頬の痛みが望美が自分を叩いたのだと教えてくれた。

望美は今にも泣き出しそうな顔をして震えていた。


「っ…命をなんだと思っているんですか!!」


そう私に言ったのは弁慶さんですよ!?…とは言葉にならなかった。


「…」

「弁慶さんはそれでいいんですか!?」

「…子供を産んで傷つくのは君です」

「…!?」


弁慶は手を伸ばし、そっと望美のお腹に触れる。


「わかっているんですか?この子は…九郎の子ではないんですよ…」


僕の子です…とは言えなかった。


「君が慰めを求めて、僕に身を委ねた証です…」


わざと酷く言った。

それは彼女に、この命の重さを自覚させるため。


「…わかっています」

「わかってません」

「わかってます…!」

「わかっていて、この子を産みたいと…?」


いくら自分の子供とはいえ、愛する男以外の男の子供を…?


「君はこの子を愛してあげられるんですか?」


望まれない子供なら、生まれてしまっても可哀想だ。

僕みたいに…疎まれるぐらいなら…。


「…私はこの子の母親です、この子を守ります」


真っ直ぐ瞳を見つめてくる望美に弁慶は耐え切れなく視線を逸らした。

お腹に宿った小さな生命。

彼女はその子を守るためなら、どこまでも強くなれるのだろうか。


「…もう一度よく考えてください」


弁慶はそう言うと立ち上がり、望美の背を向けた。


「弁慶さん…?」

「……僕は少し頭を冷やしてきます」

「待って…!」

「君はここにいてください」

「弁慶さん!」



僕は呼ばれても振り返らなかった。


振り返っても何を言ったらいいのかわからなかった。


彼女にどういう顔を向ければ良かったのだろう。


何て声をかけてあげれば良かったのだろうか。





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