長編
□永遠の誓い
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頭を冷やそう。
そう思って表に出たが、全く落ち着かない。
少し歩こう…と当てもなく歩いていると、いつの間にか京邸の前まで来ていた。
自分でも苦笑した。
無意識に誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。
自分が強い人間だと思ってはいない。
けれど弱い人間だとも思ったことはなかった。
…案外僕は弱い人間なのかもしれないな。
ふぅ…っと溜息を一つ零し、京邸の戸を叩いた。
訪ねてきた弁慶を景時は何も言わず迎え入れた。
望美に子供のことを話したのだろう…と察した。
ポツリ、ポツリと話し始めた弁慶の言葉にただ頷いた。
自分の意見や考えもあったが、今は彼の気持ちを聞いてやろう、そう思った。
延々と話していた弁慶が一息ついた時、景時は口を開いた。
「そっか…望美ちゃんは産みたいって…」
「望美さんはわかっていない…子供を産むとはどういうことか…」
弁慶はまるで表情を隠すように顔に手をあて俯いている。
表情は見えないが、口から零れる言葉は痛々しさを感じる。
「子供は物じゃない…子供を産むということは一つの命を背負うという事です」
「それは望美ちゃんならよく分かっているんじゃないかい?」
「……分かっているだけじゃ駄目なんです」
頭で分かっているだけじゃ駄目だ。
いくら彼女がお腹の子に母性を愛しさを感じても、もし…。
「今は産みたいと望んでいても、もし…生まれた子が僕そっくりだったら?望美さんはきっと罪悪感に苛まれる…」
九郎を愛していながら、僕に身を委ねた…。
それは変えることのできない事実。
…僕はこれ以上もう望美さんに傷ついてほしくない。
「…でも望美ちゃんに母親になる覚悟があるなら、君は支えてあげるべきじゃないかい?」
「…」
弁慶は俯いていた顔を上げ、景時に目を向けた。
「父親は君だよ、弁慶」
「景時…」
「九郎の代わりじゃなくて、弁慶が、弁慶の愛し方で望美ちゃんを愛してあげればいいじゃないか…」
「……そんなこと」
「そんなことできないって言うのかい?君の望美ちゃんに対する気持ちはその程度かい?」
「…違うっ!僕は…僕は…」
僕はただ望美さんに幸せになってほしかった…ただそれだけ。
彼女の太陽のような明るい笑顔が好きだった。
大切にしたくて、守りたくて…逆に彼女にどう自分が接したらいいのかわからなかった。
九郎を愛している彼女に僕の気持ちを押し付けるなんてできない。
ずっとそう思っていた。
でも…本当はそれだけじゃなかったのかもしれない。
自分の気持ちを彼女に打ち明けた所で拒絶されることが怖かったのかもしれない。
「弁慶…少しくらい欲張っちゃいなよ」
「……」
「欲しいなら欲しいって、好きなら好きって言っちゃえばいいじゃないか」
愛しているなら、愛していると伝えてしまえばいい。
「君だって本当は子供を産んでほしいんだろう…?」
それなら、言ってしまえばいい。
自分の本当の気持ちを、曝け出してしまえばいい。
「べんけ…」
「もう、いいですよ。景時」
スッと弁慶は立ち上がった。
その顔はどこか吹っ切れたような表情をしていた。
「僕は誓ったんですよ、望美さんに想いを告げないと…」
「…弁慶」
「でも、それもこのままではいつまで持つやら…」
目を伏せ、フッと弁慶は苦笑いした。
自分でも頑固なものだと思った。
全部曝け出してしまえば楽なのに。
「守り、愛します。望美さんと子供を…」
「弁慶…!」
「ありがとう…景時」
弁慶はこの日初めてちゃんと笑えた気がした。
++++
今日一日で本当に色々あった。
医師を訪ね、望美に子供のことを話し、梶原邸へ行き…。
ドッと疲れた気がする。
けれど、どこか頭のモヤモヤしていた気持ちは晴れている。
景時には感謝しないといけませんね…。
いつの間にか日も落ち、皆寝静まる時間になっていた。
望美を起こさないように…そう思い弁慶はそっと自邸の戸を開いた。
「弁慶さん…!」
戸を開くと、望美が駆け寄ってきた。
「望美さん…まだ起きていたんですか?無理すると身体に障ります」
「あの、弁慶さん…私」
「夕餉は食べましたか?しっかり栄養を取らないと子供に悪いです」
「え…」
ああ、布団も分厚いものにしないといけませんね、身体を冷やしては大変です…と弁慶は布団を敷きだした。
出ていった時とは明らかに違う弁慶の様子に望美は戸惑いを隠せなかった。
「あ、あの…弁慶さん」
「望美さん、すみませんでした」
「え?」
「覚悟が足りなかったのは僕でした」
「弁慶さん…?」
「君が子供を産むと決めたなら…」
弁慶はそっと望美の手を取り、ぎゅっと握った。
「僕は君を守り支えます」
守りましょう、君と、授かったかけがえのない命を。
「え…」
「僕は子供の父親として君の傍にいたい」
「弁…慶さ…ん」
やっぱり全部は無理ですよ、景時。
全部を曝け出すなんてできない。
僕の望美さんへの気持ちは言えない。
こればっかりは、言えないんです…。
望美さんを困らせたくないということもあるけど、僕は負い目を感じているんです…。
九郎に対して…。
もちろん九郎がそんな小さい男でないことはわかっている、けれど…。
結局、僕に勇気が足りないだけです。
だから、今、僕に出来る最大限の勇気を出します。
それを望美さんに伝えます。
「君と子供を大切にします、だから…僕の妻になってくれませんか」
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