長編

□永遠の誓い
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夢を見た。

どこか異空間のような暗い場所に僕はいて、そこから抜け出せないという夢だった。

僕は必死に出口を探したけど見つからず、辺りはどんどん暗くなって次第に漆黒が支配した。

すると途方に暮れていた僕に懐かしい声が聞こえてきた。


「弁慶…」


僕は無我夢中でその声のする方へ進んだ。

いつしか暗闇を抜け出し、とても明るい場所にいた。

辺り一面には草花が茂り、まるで浄土のようだと思った。


「弁慶…」


再びさっきの声が聞こえて振り返ると僕は目を見開いた。

そこにいたのは九郎だった。


「九郎…!」


驚き彼に詰め寄るが、彼の身体をするりとすり抜けてしまった。


「馬鹿か、俺は死んでるんだ」

「九郎っ…!どうして…」

「お前がいつまでも悩んでいるからだ」

「え…?」


そう言うと、九郎はそこに座れと僕に言い、あぐらをかいた。

僕は何が何やらわからず言われた通り腰を下ろす。


「弁慶、お前は何をやっているんだ…」

「え?」

「望美は前に進み出したぞ、お前だけがいつまでも止まっている」

「……」

「お前がそんなだと俺はいつまで経っても成仏できない」

「九郎…僕は…」


後ろめたさのせいか僕は九郎を直視することができず俯いていた。


「…俺のことなら気にすることない」

「九郎…!」

「しっかりしろ、俺を諌めていた時のお前はどこに行ったんだ」


実際触れてはいなけれど、九郎が僕の肩にぽんっと手を置いた。


「望美を…頼んだぞ」

「九郎…!!」


僕が顔を上げると九朗の姿はどんどん遠ざかっていった。


「待ってください!九郎!!」

「幸せになれよ…弁慶」

「九郎――――――――――っ!!!」



気が付くと、いつも見ている我が家の天井が見えた。

夢だったのだろうか、幻だったのだろうか。

何にしろ、なんて都合のいい夢だろう。

まるで僕の心そのものを表しているような夢だった。

そう、僕は望美さんをこの手に抱いた時からずっと九郎に対して許しをもとめていたのだから。


「ただの夢…だ」


九郎が僕を許してくれるはずない。

そう思った。

でも頭の奥底ではちゃんとわかっていた。

僕を許せないのは…望美さんでも九郎でもない、僕自身だということを…。









++++





「……もうすぐ、弁慶さん来るよね…」


望美は現在、京邸にいた。

そして今夜から三日間、弁慶が望美の元に通ってくる。


「…夫婦に…なるんだよね」


この世界での結婚…祝言っていうのは私が住んでた世界とは随分違うらしい。

元の世界では教会とか神社で結婚式を挙げて、披露宴をしてって感じだったけど、ここは違う世界。

男性が女性の下に三夜続けて通い、三日目には露顕(ところあらわし)という披露宴が行われるそうだ。

私と弁慶さんはといえば、すでに一緒に住んでいるのでちょっと型破りになってしまうが仕方ない。

私は京邸にしばらくお世話になって、弁慶さんが通うということとなった。


『君と子供を大切にします、だから…僕の妻になってくれませんか』


そう弁慶さんに言われてもう二週間が経った。


弁慶さんは私と子供を守ると言ってくれた、支え、大切にしてくれると言った。

だから…私は受け入れた。

この世界でお腹の子を私一人で守り、育てていくなんてことできないから。

…それだけだよ。

弁慶さんだってそうだよね…?

結婚しようと言ってくれたのは子供のため、それだけ…。

なのに…最近の私はおかしいんだ。

子供のため…それだけだと思うとすごく胸がズキズキする。

どうして…?私だって、子供のためだとそう思っているはずなのに…胸が苦しい。


私と弁慶さんが結婚するってことは八葉の皆にはちゃんと伝えた。

みんな露顕(ところあらわし)の時に来てくれることになった。

もちろんすんなり皆にわかってもらえたわけじゃない。

子供ができたということだけで皆驚きを隠せない様子だった。

…特に朔とヒノエ君は。

朔はわかってくれたけど、ヒノエ君はずっと渋っていて、なかなかかってくれなかった。

でも、ちゃんと誠意を持って話したら最後にはわかってくれた。

そんなわけで全員の予定を合わせるのが大変で、すでに二週間も経ってしまったというわけだ。




そして、今夜が弁慶が望美の元に通う初めての夜。

三夜、弁慶が望美の元に通えば二人は正式な夫婦となる。


「……落ち着かない」


男が女の元へ通うのはただ会いに来るだけではない。

夫婦としての契りを交わすため。

しかし、お腹に子を宿している望美と弁慶がそうなることはないだろう。

いや、それ已然に二人はお互いの気持ちが結び合って夫婦となることになったわけでもない。

すべては子供のため……。





カタ…



密かな音に反応して望美が振り返れば、障子がゆっくりと開く。

灯りの落とされた暗い部屋でも、誰が入ってきたかはわかる。


「…弁慶さん」


障子は閉められ、部屋にはいるのは望美と弁慶の二人だけ。


「こんばんは、望美さん」

「…こんばんは…」


顔を固くする望美に弁慶はクスっと困ったように笑った。


「…こちらへ」


そっと手を引かれ、褥へと導かれる。

どうしたらいいのかと突っ立っている望美に弁慶は座るように促した。


「…緊張していますか?」

「……少し」

「大丈夫です、何もしませんから…」


ただ…、と弁慶が言うと望美は弁慶の腕の中に抱き締められていた。


「…これくらいは許してください」


夫婦になるんですから…、と耳元で囁かれた。

望美は少し戸惑いながら、弁慶の背に手を回した。


「…そろそろ休みましょうか、夜更かししていてはお腹の子にも障ります」

「はい…」


弁慶が望美と身体を離そうとしたら、望美はそれを止めた。

このまま抱き締めていてくれませんか?…と。

弁慶は驚き目を見開いたが、ずぐにいつもの笑みを見せ、もちろんです…と微笑んだ。


…温かい。


抱き締められたまま、褥に寝かされ、そっと望美は目を閉じた。

心地いい温かさが身を包んでくれて、望美は自然と眠りに落ちた。

そんな望美を見ていた弁慶は、望美が眠ったのを確認して、そっと頬に口付けを落とした。


「…おやすみなさい、いい夢を…」


そして弁慶も目を閉じ、眠りについた。




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