長編

□永遠の誓い
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弁慶さんが好きだと自覚したその夜、私は夢を見たの。

目を開くと、どこか知らない所に一人でいて、辺りを見渡し立ち尽くした。

辺り一面には草花が茂っていて、とても綺麗で暖かくて明るい場所。

まるで天国みたい、ずっと此処にいたい、そう感じるぐらい…。


「…望美」


ふと、懐かしい声が聞こえた。

一瞬聞き間違えかと思った、だって…この声は…。


「望美」

「え…?」


後ろから聞こえた声に振り返って、私は息を呑んだ。

震えて身体が動かない、声も出なかった。

だって…ありえない…、そんな…。

夢か幻か、振り返るとそこには…九郎さんの姿があった。


「九…郎…さん…」


私は何度も何度も自分の目を擦った。

見間違いじゃないと、確かめるために。


「…久しぶりだな」

「九郎さんっ…」


瞳の奥から涙が溢れてきた。

駆け寄ろうとすると、九郎さんが手を出し、ストップっという風に私を止めた。


「九郎さん…?」

「望美、お前に言いたいことがあるんだ」

「え…」


九郎さんはゆっくりと私に近づき、そっと抱き締めてくれた。

でも…身体はすり抜けてしまって、温かさは感じられなかった。

それでも、私は九郎さんの背に腕を回した。


「望美、俺はお前が好きだ…愛してる」

「九郎さんっ…」

「だから…幸せになれよ…絶対に…!」

「九郎さんっ…!!」


それからしばらく、私たちは抱き締めあった。

でも、いつまでもこうしていると離れることが名残惜しくて辛くなる。

そんな私を感じ取ったのか、九郎さんから身体を離してきた。


「さあ…もう戻れ、お前の居場所に…」

「……九郎さん」

「そんな顔するな…最後ぐらい笑ってくれ」


私は溢れる涙をグッと腕で拭い、真っ直ぐ九郎さんを見つめた。


「…大好きだよ…九郎さん…」

「…ありがとう、望美」


うまく笑えたかはわからない、けど私の顔を見た九郎さんが微笑み返してくれて安心した。

次第に視界が暗くなり、意識が遠ざかっていった。

そして気が付くと、梶原邸の天井が目に入った。


「夢…?」


身体を起こし、目尻に触れると涙が流れていた。

夢…ううん、きっと違う。

あれはただの夢なんかじゃない、九郎さんが私に会いに来てくれたんだ。

私のために…、私が何も気を使うことなく弁慶さんを想っていていいと言ってくれるために…。


「…九郎さ…んっ…」


私は九郎さんのお陰でこんな風に人を愛する気持ちを知った。

ありがとう…さようなら…私が初めて愛した人…。










++++






「望美!」


朝餉を食べ終え、縁側でぼ―っと空を眺めていた望美の下に朔がいそいそとやって来た。


「どうしたの朔?」

「望美、ヒノエ殿がいらしたわよ」

「え!ヒノエ君が?」


露顕(ところあらわし)の時、八葉の皆が来てくれることとなっていた。

しかし、弁慶と望美の祝言にあんまり乗り気ではなかったヒノエは来てくれるか微妙だったので、望美はパッと笑顔を綻ばせた。


「えぇ、居間にお通ししたわ」

「私行ってくるね!」

「ええ」


今にも走り出しそうな望美に朔は、貴方は身重な身なのだから走ったら駄目よ…と嗜めた。

うん、わかった!と、望美は少し小走りで居間へと向かった。

そんな望美を見て、本当に元気になったな…と朔は微笑んだ。







「ヒノエ君!!」

「望美、久しぶり」


久しぶりに会ったヒノエは少し背も伸び、逞しくなったような気がした。

さすが熊野別当としての威厳もでてきた。


「来てくれたんだね…」

「当たり前だろ」


ヒノエはフッと笑って望美の頭をポン、ポン、と撫でた。


「元気な子供を産めよ」

「うん…!ありがとう」


本当に嬉しそうに笑う望美を見て、ヒノエは少し複雑そうに瞳を閉じた。


…いい顔になったな望美。

本当なら俺がそれを与えてやりたかったけど、お前が微笑んでくれるなら、それで…。

相手があいつ…弁慶だって言うことだけがほんの少しだけ不満だけど、な。


「本当にヒノエ君のいうと通りだったよ」

「え?」

「前にヒノエ君言ってたよね?お前の幸せは案外近くにあるかもしれないって」


あぁ…と言うとヒノエは苦笑して頭を掻いた。


「俺としては別に弁慶を指していたわけじゃないんだけど、な」

「え?」

「いや…望美が幸せならそれでいいさ」


俺だって、望美が好きだった。

けど、九郎と望美がお似合いで、敵わないと思ったから、諦めた。

諦め切れなかった弁慶はそれぐらい望美を想っていたってことだからな…。

仕方ないから認めてやるけど、望美を幸せにしないと許さねーぞ、おじさん。





色々思うこともあったが、それでもヒノエの心は穏やかだった。











++++





早く伝えたい、一秒でも早く、弁慶さんにこの気持ちを…。



三日目の最後の夜。

弁慶がやってくるのを待っていた望美は落ち着かなく、部屋の中をウロウロしていた。

昨夜、あんな別れ方をしたから、どういう顔をして出迎えたらいいのかわからない。



…でも、弁慶さんは私を好きだと言ってくれた。

そして私も…気付いた、弁慶さんが好き、大好き。

今の私なら素直に言える、伝えられる。





カタ…




障子が開く、そして弁慶が中へ入ってくる。


「弁慶さん!!」


無意識に足が動き、部屋へ入ってきた弁慶さんに抱きついた。


「の、望美さん…?」


弁慶は驚き、目をぱちくりして戸惑った。



何から話したらいいかなんてわからなかった。

ただ、この気持ちを伝えたかった。

他の言葉は取り繕わず、今の自分の気持ちを伝える。


「弁慶さんが好きですっ…!」


好きなの…弁慶さんがどうしようもないぐらい好き。

いつからなんてわからない。

気が付いたときには気持ちが溢れていたの。


「望美さん…」


気持ちが高ぶったのかいつの間にか涙が流れていた。


「好きっ…好きです…!弁慶さんが…きゃっ…」


腕を引かれ、抱き締められたと思ったら、唇が重ねられた。

以前の口付けとは比べ物にならないぐらい激しい口付け。

望美はそっと瞳を閉じ、弁慶の背に腕を回した。

一度唇が離されると、望美の瞳から溢れる涙を拭うように目尻に口付けが落とされる。

そして、再び唇を重ねた。


「…んっ…」


うっすらと目を開くと、お互いの視線が交わった。

恥ずかしくなり、望美が目を瞑ると弁慶が唇を解放した。

そして少し望美と距離を取ると、真っ直ぐ瞳を見つめあい懇願した。


「もう一度…言ってください」


望美は手を伸ばし、弁慶の頬を包み込み、微笑みながら言った。


「弁慶さん」

「はい」

「好きです…弁慶さんが大好きです」


弁慶は再び望美をぎゅっと抱き締めた。

もう決して離すものかという思いを込めて、強く強く抱き締めた。


「…僕もですよ、君を愛しています」

「…ぁ…」


とん…っと望美は肩を押され、褥の上に押し倒された。

弁慶は望美に覆いかぶさり、真っ直ぐ望美を見下ろした。


「べ…弁慶さん」

「…もっと、君に触れてもいいですか?」


頬を少し染めながら、望美はにっこりと微笑んで頷いた。


「…ありがとう」


そう言うと、再び口付けの雨が降ってくる。

頬、目尻、唇に何度も何度も振ってくる口付けがくすぐったくて身体を捩る。


「あ、弁慶さん、後朝の文…結局なんて書いてあったんですか?」

「…そんなに知りたいですか?」

「はい、教えてください」


しょうがないですね…と言って、弁慶さんが私の耳元で囁いた。








望美さん。




君をこれからもずっと愛し続けます。




これが僕の本当の永遠の誓いです。








END

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